コラム
Columnひとつの”からだ”を通しての異文化交流
私と東欧・ルーマニアとの縁は2年前に遡ります。2010年の秋、首都ブカレストのユネスコシアタースタジオで舞踏講座が組まれ、桐朋学園芸術短期大学のコーディネートで講師を担当させていただきました。15日間、120時間以上に渡って舞踏の歴史、理論の講義と実技のワークショップを行い、現地の役者の皆さんにからだを通して日本文化を体験していただきました。最終日に行った彼らの舞踏公演は大盛況となりました。
友惠舞踏では、例えば木と紙を素材にする日本家屋の障子や欄間が光や音や空気感、環境と浸潤し合うような日本人の生活に根差したからだの特性を「風通しの良いからだ」と呼んでいます。
また、のっぺりしているからか、何を考えているか分からないと言われる日本人の顔、しかし微妙な表情変化の中にも多彩なコミュニケーション内容を籠めるような表現特性。
生活、風俗も体格も顔立ちも違うルーマニアの方にどうしたら私達の舞踏が伝えられるのか。講習会では彼らに日本文化をより身近に親しんでいただくために盆踊り、神輿、よさこいや私達も参加したことがある阿波踊り、小川のせせらぎにゆらめく水草、路傍に佇む石仏など、日本人の生活に馴染んだ景色をメンバー全員でビデオで撮りに行き編集して紹介しました。
踊りの稽古と言いましても、単にからだ表現の技能だけでは伝え切れない心というものがとても大事になってきます。
今回、ルーマニアに行くのは2年振りですが、シビウ国際演劇祭に参加させて頂けたことで、私の踊るからだを通して、観客やスタッフの皆さんとより深いアート・コミュニケーションを築けたことは嬉しい限りです。
ルーマニアの平均所得が日本の10分の1ということから入場料も10レイから40レイ(1レイ=22円)。因に、私の公演の入場料は15レイ、イベント広場のレストランではスープは5~15レイ。
他の公演を観に行った時にお会いしたフェスティバル・ディレクターのコンスタンティン・キリアック氏は「楽しんでる?」と笑顔で声を掛けて来て「後でミーティングしよう。インタビューがあるから」と言い残すと風のように走り去りました。公演の映像を編集しネットで即日配信するなど、時代に即したフットワークのよいフェスティバルであるように感じました。
この度、舞踏カンパニー「友惠しづねと白桃房」の私、加賀谷早苗がシビウ国際演劇祭で上演した作品は「KANZAN -from Renyo-sho(蓮遙抄)」。
「蓮遙」は巨匠・友惠しづね(カンパニー主宰者)の振付・演出・音楽・美術により、エディンバラ国際フェスティバル50周年(1996年)に正式招聘参加した際には「第五十回フェスティバルは間違いなく驚くほど素晴らしい日本の友惠しづねの舞踏が初参加したことで記憶される」(THE SCOTSMAN)等、世界各国で絶賛を博し続けている作品です。私達カンパニーの作品は、自身が舞踏家且つ音楽家である友惠によって振り付けと共に作曲され、音楽と踊りが一喜一憂しながら創作されていくのが特徴です。今回はそのソロバージョン。悟りのいたずらっ子・寒山の姿を通した日本文化の神遊びをプロローグに、自然や社会の中の人間の一つの命のあり様を表象する路傍に佇む優しい地蔵と迷妄する世界を彷徨する鬼の子供を踊ります。
上演に向け、東京の稽古場で劇場をシミュレーションしながらの友惠の演出を経て、踊り手である私がひとりでシビウの地に降り立ちました。
フェスティバルの国際担当イオアナさんとの綿密なやりとりや、音響、照明プラン、舞台設営はテクニカル責任者のダニエルさんと事前にメールや国際電話などでやりとりをするものの、初対面の劇場のスタッフとの作業は緊張感に満ちたものでした。
本番当日は朝8時に会場入り。照明の吊り込みもコンピューターへの打ち込みも一人で行うと言う照明家のシオラさんは、梯子を運び直しては上り下りし、汗をびっしょりかいてのフォーカシング。予定より2時間オーバー。「自分は昼の休憩は無くて大丈夫、一服するのに10分あればいい、打ち込みはすぐできる!」と言って、調光室の照明卓前でパンを頬張り、打ち込みを始めます。「スタッフは一番の共演者なんだよ」という友惠の言葉がよぎります。音響のルスさんも踊りや照明変換に歩調を合わせての音楽や効果音のタイミングや音質、音量操作に苦心してくれました。本番ではそんな皆さんの心が、踊る私のからだに直に伝わってきます。「劇場をからだで知っている彼らの方が、日本からスタッフを連れて行くより良いパフォーマンスが出来るんだよ。これこそコラボレーション。たまに天才もいるしね。感動しちゃうよ」と言った友惠の言葉が思い起こされます。
キャパシティー200人、GONG THEATREでの公演チケットはソールドアウト。
日本からも参加している多くのボランティアと共に、踊る”からだ”ひとつを通して観客の皆さんと一期一会のひとときを味わい合うことが出来たことは私にとって大きな喜びです。
また、踊りというノンバーバル・コミュニケーションは洋の東西をいとも容易く超えられる舞台アートだと改めて感じました。
ここで、現地メディアの評を一部抜粋してご紹介させていただきます。
「ダンスショーの中で、加賀谷早苗は友惠しづね振り付け・演出による『寒山 ・蓮遙抄より』を演じ、他の非西洋的演技には無い存在感を見せつけた。」
(NINE O’CLOCK紙)
「加賀谷早苗という女性が一人きりで現れた時、一見その簡素さに惑わされましたが、川を流れる水の音を鏤めた音楽に合わせてゆったりと舞う彼女の姿は、観客に想像を絶する衝撃的な情緒を呼び起こさせました。」
(BUSINESS magazin誌)
「ヨーロッパ人にとって日本人の物の考え方は難解なものだ。死と生の境目に無底の淵を見出す我々と違って、日本人はそこに宿る”不二”という概念、要するに一見二つであり実際一体である自然と人間、心とからだ、彼岸と此岸を見つめるのである。まさに”不二”という概念を体現化したのだ。(中略)加賀谷早苗のような並外れた表現力を持った女優には、私は未だかつて出会ったことがなかった。子供の表情を浮かべたかと思えば、瞬時に、今にも死に絶えそうな老婆へと変貌する。見事でした!」
(Victor Kapra)
最後に、EU・ジャパンフェスト日本委員会の方々にも惜しみなく助けていただき、心の支えとなりました。本当にありがとうございました。
◎第20回EU・ジャパンフェスト「シビウ国際演劇祭」プログラムページは コチラ◎友惠しづねと白桃房 ウェブサイトは コチラ