コラム
Columnアーティストレジデンスを通じて伝統のアップデートを目指す。
西会津国際芸術村のある、福島県西会津町は[ 日本の田舎、西会津 ]と呼ばれるローカルでディープな文化が手つかずで残る魅力的な地域です。しかし他の多くの地方と同様、人口減少や地域の存続の危機と言っても良い状況にあります。決して利便性が良い場所ばかりではないローカルな地域にとって、そこに人がその地域に居続ける意味、この場所でなければならない意味が問われる時代。そこで我々は先人の遺した伝統や文化の連鎖がそのキーになる可能性があると考えており、またそれが史上まれなほどに急速に失われている現状に強い危機感を覚えています。しかし、そのままでは先人の遺した伝統や文化を繋ぐことは難しい。そこで西会津国際芸術村では地域の文化の復元やアップデートを行っています。
一方、西会津国際芸術村では、最初のレジデンスアーティストがリトアニアのアーティストであったことから始まり、リトアニアとの交流を長らく続けてまいりました。2016年には初めて交換の形で、滝澤徹也(出ヶ原和紙・現代美術)とミグレ・レベディニカイテ氏(東洋テキスタイル史・フェルトアーティスト)による会津の伝統をキーにしたアーティストレジデンスを行いました。レジデンス終了後から双方にとって有意義だったその成果を継続するべきという機運もあり、このたび再びリトアニアと西会津、お互いの伝統文化と新しい表現の交換レジデンスを行うことになりました。今回はリトアニアの伝統的なステンドガラスを学びコンセプチュアルな表現を行うダリア・トゥルスカイテ氏と、日本の陶芸家、小孫哲太郎氏にその役を担っていただきました。
2019年10月、来日したダリア・トゥルスカイテ氏は初めて経験する台風に驚きながらも、地域住民のもてなしを受け会津の文化を肌で感じ、西会津で再生した会津藩御用紙、出ヶ原和紙を学び、驚くことに短期間で和紙のほぼ全ての工程を自らの手で行いました。またダリア・トゥルスカイテ氏はリトアニアの美術学校で副校長を務めることから、子供たちの営みに着目し、廃校となった旧新郷中学校の木造校舎である芸術村に残る子供たちの痕跡、落書きを紙で刷り取るなどの制作を行い、場所に残る記憶を視覚化しました。滞在中には町民との交流会や講演を行い、講演「リトアニア・ステンドグラスの潮流」ではリトアニアの伝統、ステンドグラスの歴史と変遷について多くの町民にお話し頂き、度重なる戦争やアイデンティティの危機の中、ステンドグラスの文化を繋いできたリトアニアの話は、人口減少で危機にある日本の地方の文化の現状と重なり、お互いの伝統文化のあり方を考える良い機会となったと思います。
また西会津の友好都市を含む沖縄の陶芸を学び、様々なメディアとのコラボレーションなども行う日本の陶芸家、小孫哲太郎も同時期に西会津に滞在し、ダリア・トゥルスカイテ氏と交流し西会津の縄文文化を学び、西会津の土を採取し、ブロックを作り、組み上げ、表面にリトアニア語と日本語、地図などを西会津の赤土を顔料に使い文様として描き、再び分解し芸術村校庭にて地域の素材を燃料とした野焼きパフォーマンスを行い(10月30日)、それを組み上げ、ゲートのような巨大な作品を制作しました。焼成され崩れたブロックを再度組み上げる、途方もない意志と労働に支えられたその行為は同時期の首里城火災とも重なり、伝統の崩壊と再生の可能性を暗示させるものになりました。
これらの滞在の成果は西会津国際芸術村においてリトアニア西会津文化交流ダリア・トゥルスカイテ展[ to touch ]、小孫哲太郎展[ G ]として行いました(10月29日~12月22日)。会期中10月30日には、西会津国際芸術村に併設のまぼろしのレストランにてリトアニア大使夫人を講師に迎えたリトアニア大使夫人のリトアニア料理教室が行われ、多くの参加者が訪れ、この日はリトアニアと西会津とが一つになったような不思議な日になりました。このように今年度は2019年4月の大使夫妻の西会津来訪からスタートし、リトアニアと西会津の関係が特に深まった年になったと思います。
2020年2月から3月中旬にかけては、小孫哲太郎氏はリトアニアに滞在しアニークシェチュイ・アート・インキュベーターを拠点に制作を行い、ダリア・トゥルスカイテ氏が副校長を務めるヴィリニュス市のJ. J. ヴィエノジンスキー芸術学校や、カウナス市のカウナス・アンタナス・マルティナイツ芸術学校など3都市5会場で10数回にわたる連日の陶芸ワークショップや講演を行い高い評価を得ました。拠点となったアニークシェチュイ・アート・インキュベーターでは成果展示(2月25日~3月6日)が行われ、リトアニアの大地を構成する白い砂やその風景をモチーフにした制作は現地から感謝の言葉をかけていただくなど、非常に好評で、次の可能性に繋がるものになったと思います。
昨年リトアニア国会において2020年を杉原千畝年とする宣言がなされました。我々はこの機会にリトアニアと西会津の伝統や文化を通じた交流を次の段階に展開させたいと考え、次年度はお互いが抱える地域課題を伝統や文化を通じてもう少し踏み込み考える交換事業を行いたいと考えています。
これらのアート事業による成果は、そのままでは地域再生につながるものにすることは難しい場合が多いと思いますが、西会津町では、デザイナーや起業家との協働により、アーティストが発見・創造した視点を地域の力とする努力を継続的に行なっており、事業終了後もその努力を多様な関係者と共に続けていきたいと考えています。