コラム
Columnコロナ禍の欧州へ 事務局・古木の訪問記(その18)
【最終回】
フランクフルトを離陸して10時間、目を覚ますと機体はシベリア大陸から日本海上空に差し掛かっていた。羽田着まであと50分との機内アナウンスがあり、着陸後に提出する検疫書類が配られた。過去2週間の滞在国や健康状態などについて質問が並んでいた。1か月前の情報では、入国時検査から結果が出るまで空港内で数時間の待機となっていた。受け入れ体制は日一日と変わっているようだ。今回、どのような検査手順となっているかと客室乗務員に問うと「私も数か月振りに搭乗したので分かりません。」との答えだった。
無事に羽田空港に着陸、空港ロビーに入り係官の誘導で検疫検査場に着いた。機内で記入した質問票とパスポートを提出し、簡易検査室で唾液の採取が行われた。欧州滞在中、衛生管理には十分気をつけていたし、睡眠、食事もしっかり摂り、体調は良かった。しかし、それでも、もし感染していたらと不安がよぎった。検査結果で「合格」はピンクの紙、「不合格」はブルーの紙が渡され隔離される。1時間ほど経ち、場内アナウンスで私の番号が呼ばれ、渡されたのはピンクの紙。心の中で「やった!」と快哉を叫んだ。その後は、通常通りの入国審査と税関検査で晴れて入国となった。いつもは、出迎えの人々で込み合っている到着ロビーには、ほとんど人影がなかった。
左:羽田空港の検疫で検査結果を待った。
右:ハッピー☺ 検疫検査、合格㊗
空港の駐車場でマイカーに乗り込み、2週間の自主隔離のため長野の山中へ向かった。そして、愛犬とともに山小屋生活が始まった。翌朝から、毎日、厚生労働省の担当から健康チェックの電話が入った。空港でも感じたが、検査やその後のフォローのために働く役所の方々の接し方がとても柔らかく温かかった。「何とかこの事態を一緒に乗り越えましょう。」とのメッセージが彼らの笑顔や声に込められていると感じた。医療従事者同様、コロナとの戦いの最前線にいる人々に心からの感謝を捧げたいと思った。
森の中では、鹿の群れ、リスやキツネに出会うことはあっても人間の姿はほとんどなかった。そんな環境の中で改めて、欧州での2週間を静かに振り返った。今回、訪問した欧州は、日本よりはるかに深刻な感染状況にあった。感染防止というブレーキと社会生活の回復というアクセルを同時に踏み込む試みを苦しみながら繰り返していた。そんな日々の中で人々はどのような気持ちで、どのように行動しているのか現場で確認したかった。
ロックダウンが始まってすぐに、欧州文化首都はオンラインによる活動の維持を世界に呼び掛けた。今年の開催地の1つ、ゴールウェイの映画祭はオンライン配信でプログラムを実施した。その結果、例年小規模であった映画祭は世界で570万人が視聴するという革命的な成功をおさめた。コロナ収束後の展開も視界に入れながら、苦境の中、欧州文化首都は創意工夫を凝らし、世界中のアーティストと連帯した。
思えば、不思議なことに、欧州での14日の間暗い表情に出会うこともなければ、コロナについての話題も出てこなかった。彼らは悲嘆と恐怖におののくことを放棄し、コロナとの闘いに果敢に挑んでいたのだと実感した。今なお、感染は広がっているが、暗黒の闇夜であってもいつかは暁がやってくるに違いない。そのことを欧州の仲間の笑顔の数々から確信させられた。
愛犬の柴犬と共に山の中で、2週間の自主隔離
ある夕方、愛犬と森の山道を散歩しながら、クロアチアのリエカで偶然出会った芝犬のMichikoのことを思い出した。私の愛犬は正面にやってきて私の顔を仰いだ。「あなたが楽しいことを考えているのはわかります。」と言いたげにしっぽを振った。ふと西へ眼をやると、空が赤く染まりつつあり、秋の訪れを感じた。この夏、心に残る思い出の数々が加わったことの嬉しさと感謝で胸がいっぱいなった私がいた。