コラム
Columnトゥルクからトーキョーへ。記憶と風景をたどる旅
「インナー・ランドスケープス、トーキョー」は、2011年にフィンランド、トゥルクでの欧州文化首都トゥルク2011をきっかけに始動した、フィンランドの写真家マルヤ・ピリラと日本の陶芸作家ユニットSatoko Sai + Tomoko Kuraharaによるアートプロジェクト「インナー・ランドスケープス」の続編と言えるものです。このプロジェクトでは、高齢者の方々へのインタビューを通して、彼らの生きてきた歴史の断片を集め、それらを周囲の風景や時間のかさなりを内包した広義での肖像として写真と陶器で表現することで、記憶を視覚化するということを試みています。2021年春、東京都渋谷公園通りギャラリーにて発表することとなりました。
トゥルクでの滞在制作をしていた時から、いつか日本で対となる作品が作れたらという思いをメンバーで持っていましたが、実現に至るまでには長いプロセスがありました。「インナー・ランドスケープス、トーキョー」では、東京の東側エリア(谷中・浅草・入谷・町屋)を中心に、地域に暮らす75歳以上の方をモデルとして募集し、6組8名の方々に参加していただくことになりました。
Photograph work, Marja Pirilä: Camera obscura/Ekuko, Tokyo, 2018/2020
©Photo: SUEMASA Mareo Courtesy of Tokyo Shibuya Koen-dori Gallery
2018年にピリラがアシスタントのイーリス・ヌーティネンとともに来日。滞在期間中、モデルの方々の自宅を訪問し、アルバム写真を見せていただきながら子供時代の思い出やライフストーリーを伺い、ピリラによるポートレート撮影を行いました。
ピリラは長年に渡り、カメラ・オブスキュラという手法を用いた写真作品を制作しています。カメラ・オブスキュラとはラテン語で「暗い部屋」を意味し、カメラのことでもあります。ピリラは、モデルの方々の居室そのものをカメラ・オブスキュラとして、遮光した窓の穴から光を取り込むことで屋外の風景を室内に取り込み、幻想的な光と陰影のある空間を作り出し、被写体を撮影しました。自宅の居間や簾職人の仕事場、画家のアトリエ、ヨガ教室を行なっている和室など、モデルの方々が日常を過ごしている場所に、ビルや家々、通りの往来など東京らしい光景も映り込み、トゥルク版とはまた違った作品が出来上がりました。
一方、崔と蔵原は「うつわ」は使われていた時間や場所の記憶を呼び起こしたり、使っていた人を想像したりしうるものなのではと考えており、うつわの形を使って人物の肖像を作りたいと考えました。陶器の制作にあたって意識したことはレイヤーを作ることです。被写体の「現在」の姿を表すピリラのポートレートに対して、陶器の内側にはその人の「過去」を表すアルバム写真や手書きの文字などの要素を、外側には木々や建物、室内の装飾など、その人の「現在」の環境を転写しており、一つの作品の中に様々な時間が含まれています。その時間の層を、プリントのコラージュだけでなく、下絵具の多色刷りや化粧土、釉薬などを重ね、物理的なレイヤーを作ることで表現しようと試みました。そして、肖像画を描くように、色や形、質感、プリントする像や背景などを組み合わせていくことでモデルの方から受けた印象に近づけたいと考えました。インタビューを終えてから、試作を繰り返し少しずつ完成しました。
共通のモデルに対して、写真作品と陶器作品を並列に見せることで、一人の人物の現在と過去の姿を多層的に浮かび上がらせたいと考えています。
“inner landscapes, tokyo” Exhibition view at Tokyo Shibuya Koen-dori Gallery
©Photo: SUEMASA Mareo Courtesy of Tokyo Shibuya Koen-dori Gallery
もう一つ、この展覧会の重要な要素がインタビューを編集した映像作品です。トゥルクではピリラによる映像作品を上映しましたが、今回はプロジェクトチーム共同で映像制作を行ないました。インタビュー取材と録音は崔と蔵原が行ない、動画とアルバム写真の複写はヌーティネンが撮影、映像編集、音楽、字幕翻訳には日本から協力を得て完成しました。インタビューでは印象深いエピソードがたくさんあり、40分間の映像作品に収まるように厳選するのに苦労しました。展覧会では、訪れた方が写真や陶器の作品を見ながら自然とモデルの方々の語る声が耳に入ってくるような構成になっています。
ライフストーリーを通して過去の時代を知ること、そしてその時代を人々がどのように経験したかを聞くことは非常に心動かされることでした。50〜80年前のアルバム写真を一緒にたどりながら、モデルの皆さんの思い出を共有させていただいたことは、私たちにとってかけがえのない時間となりました。歳を重ねることは、人生と記憶が次第に色あせていくことではなく、それらが深まり完成していく過程であるように感じます。アーティストトークで「老いについてどう思うか」と聞かれ、ピリラは「人生は虹のようなもの。ブリッジのはじまりとおわりは祝福される時間だと思う」と答えていたのが心に残りました。
私たちは、一人ひとりの人生は時代や場所に結びついた唯一無二のものであっても、個々の経験と感情は共感されうるものであると考えています。「インナー・ランドスケープス、トーキョー」が完成したことで、プロジェクトがユニバーサルな性質を増したのではないかと感じています。
今後、この展覧会をフィンランドへ巡回できたらと考えています。10年前の欧州文化首都を契機に始まったこのプロジェクトは私たちに多くの出会いをもたらしてくれました。また、作品制作においても私たちにとって大きな挑戦であったと感じています。見る人にとってもこの展覧会が何かを感じたり考えたりするきっかけになれば嬉しく思います。方法は変わっても、人の肖像や記憶を写真と陶器で表現するということをこれからも模索していきたいと思っています。