コラム
Columnメディアアートと文化―情報社会を生きるちから
私たちはオーストリア・リンツを拠点にした文化機関で、7月からベルリンのフォルクスワーゲン・オートモービルフォーラムにて「Impuls&Bewegung」展を、9月はリンツにて恒例のアルスエレクトロニカ・フェスティバルを開催しました。
ベルリンでの展覧会名にある「Bewegung」とは”モーション”つまり、動き、のことです。多くの規制、社会のしきたりの中で、1個人がいかにプライバシーを損なうことなく生きていくか。それはひとつには「動き続けること」が重要と考えます。常に勇ましく、変化に対してオープンで、興味を持ち続ける姿勢を持つことです。
もし人が自分のやろうとしていたことに関して、規制や課題が見つかったならば、一番大事なことは何か、その実現のためにほかにどのような方法があるのかを考えるでしょう。その力は、子どもが遊び方を見つけるのに似ています。新しい場所で、全ての場所やモノに対して、子どもは「遊び方」を教えられるわけではありませんが、彼らはすぐに、観察し、新しい意味を見出し、新しい遊びを考え出し、それに熱中します。私たちに今必要なのは、今ある課題や題材に対して、それをどのように解釈し、新しいコードを作りだすか、という能力です。常に変わり続ける、いままでにない世界だからこそ、解決策は過去には載っていないのです。
「Impuls&Bewegung」展は「自分の身体を知る作品」と「空間を知る作品」によって構成されています。例えば前者の例として、「Save Yourself!!!」は自分のこめかみにつけた端末から受ける簡単な電気刺激によって、まるで自分の平衡感覚が「操作される」ような感覚を体験することができます。「Acoustic Octahedral Geometry」 は指向性の高いスピーカーが設置された空間によって、耳によって感じる(目に見えない)構造物を表現しています。「Inter-discommunication Machine」(視聴覚交換マシン)はシンプルにもう一人の人の視覚と聴覚をそっくり交換することによって、まったく味わったことのない感覚を体験できます。すべては自分に含まれる要素なのに、その使い方が変わるだけで、歩くことさえままならないのです。このような作品は、自分たちの体を通して「普通」と信じていることに疑問を投げかけてくれます。
「空間を知る作品」として、まず挙げたいのは「Particle」です。シンプルに、私たちの世界は2次元ではなく、3次元なのだということを象徴しています。私たちの囲まれている世界は、いつも3次元で(少なくともそのように認識して、)そして動き続けています。小さなボールたちは個々に位置情報を送り続け、光る信号を受け続け、個々に反応していますが、結果として全体にハーモニーが生まれ新しいルールと美を作り出しています。そして「The Tenth Sentiment (10番目の感傷)」は、構成要素すべて私たちが日常的に知っているモノ(Nゲージの鉄道模型、LEDライト、洗濯バサミやザル、電球など)でありながら、圧倒的に詩的な世界を醸しだしています。そこにあるのはただそれらの要素なのですが、ひとの心が詩的だと解釈してしまうのです。このような様々な「解釈」に触れ、来館者自体がその体験を持ち帰る、ということを目指しました。公共空間である場所に実験的な作品を多く設置する、チャレンジングな試みでしたが、非常に多くの方々からポジティブなフィードバックをいただくことができました。
アルスエレクトロニカ・フェスティバルの今年のテーマは「The Big Picture」です。人々が個々に自発的に行動し、もはや中央集権的アプローチを経ずに政治さえ動くという時代を受け、いかに「いま私たちが生きている世界」の概要を示すか、がトピックとなりました。そして今回とったひとつの姿勢は、「個々の新しい視点」をパッチワークのようにつなぎあわせて、「The Big Picture」をあぶりだす、というアプローチでした。
今年のフィーチャード・アーティストとして三上晴子さんに「Desire of Codes」を展示いただきました。監視カメラに囲まれた現代の情報社会と身体をテーマにした作品は、高い審美性と現代を鋭く描写するコンセプトと表現力を兼ね備えています。ロボットアームやサーボモーターを駆使した日本のテクノロジーを見せる作品のようでありながら、時に優美に、時に人間の知覚を超える複雑さで動き、現在を生きる世界中の多くの人にとって、共感できる「視点」を示してくれていました。
日本科学未来館との「GeoCosmos」を軸にしたコラボレーションを今年から開始しましたが、これはアルスエレクトロニカにとても重要なことです。未来館はサイエンス・テクノロジー、そして時にアートをテーマにした美術館のひとつで、地元の機関が、地元または自国を知るために、世界を見せる、と言うアプローチは、アルスエレクトロニカと似ていると言えます。自国の文化を知ろうとするとき、他国を知ると結果的に自国の文化の特長が際立って見えてくるという経験があると思います。彼らが持つプラットフォームである「Geo Cosmos」について、それを実装するにあたって採用されたオーサグラフという新しい地図について、それにかける情熱を「The Big Picture シンポジウム」や「Deep Space」で語っていただきました。
今年は「文化庁メディア芸術祭」にも、アルスエレクトロニカのテーマのもと、参加いただきました。昨年度の受賞作品の中から特にセレクトさせていただいたのは、3.11をテーマに、日本人のアーティストがいかに反応し、表現したかです。マスメディアが伝える3.11の地震や福島の様子ではなく、それぞれの視点による3.11が表現されています。私たちの世界はつながっています。私たちは観客ではなく、地球上にともに生きる一員に他ならないのだということ実感させる展示となりました。
石黒浩さんには今年もシンポジウムに参加いただきました。既存の分野だけでなく、リサーチ・トピックのために常に新しい試みを行うハイブリッド・タイプのサイエンティストとして、彼の研究姿勢そのものがひとつの新しい「視点」と言えます。
藤木さんの作品は時代性とゲームの業界をアイロニックに且つ楽しく表現してあり、何より国際的審査員から評価されての受賞作品です。
滑川さんのピアノ、トルコのアーティストによるビジュアリゼーションも、異なる文化を超えた新しい形のパフォーマンスでした。
天の川プロジェクトは、複数の国をまたがる国際河川であるドナウ川に50000個のLEDボールを流して、アートに興味がある方だけでなく、そこに住む地元の方々に関心を持っていただける素晴らしい作品ですが、残念ながら最終的にオーストリアの省庁による使用許可が下りず、放流計画は断念せざるを得ませんでした。日常的に見ている川そのものの背景を感じさせてくれる、彼らの試みがいつかヨーロッパで実現できることを願います。
アルスエレクトロニカの役割は、答えを出すことではなく、むしろクエスチョンとしてのメッセージを投げかけ、来ていただいたかたがに持ち帰っていただくことです。そのメッセージを示す重要なピースとして、独自の視点を持った日本のアーティストの作品を紹介できることを非常に光栄に思うとともに、今後ともこの相互促進の関係を探っていきたいと思います。
◎第20回EU・ジャパンフェスト「アルスエレクトロニカ・フェスティバル2012 – The Big Picture -アルスエレクトロニカ外国展示『Implus und Bewewung』展」プログラムページはコチラ