展覧会の創出、ネットワークの構築

ヴァンサン・クラポン|展示会プロジェクト・マネージャー

2019年初頭、欧州文化首都エッシュ2022の小さなチームが、エッシュ・ベルヴァルにあるメーレライでの展覧会に、キュレーターとしてアルスエレクトロニカを招聘しました。かつて製鉄の過程で鉄鉱石やコークスを貯蔵する倉庫だったメーレライは、後に徹底した改修工事が施されました。2年間におよぶ集中的な建設工事を経て、メーレライでは、アートというレンズを通して科学研究およびメディア技術がもたらす幅広い影響を考察する、3つの展覧会で成るプログラムを開催する準備が整いました。

第一弾の展覧会は、カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター(ZKM)との共催で、デジタル時代におけるアイデンティティの概念を探りました。第二弾の展覧会は、ハウス・オブ・エレクトロニック・アーツ(HEK)との共同企画で、私達と世界を共有する無数の非ヒト種に対する我々の知識や理解を拡大するために、いかにテクノロジーが活かせるかという点に注目しました。

h.o, “What a Ghost Dreams Of”, 2019. View of the exhibition “IN TRANSFER – A New Condition”. The exhibition is commissioned by Esch2022 – European Capital of Culture and produced in collaboration with Ars Electronica. Curators: Martin Honzik and Laura Welzenbach. ©︎ Franz Wamhof / Esch2022

第三弾の「”IN TRANSFER – A New Condition」では、現在どの主要テーマが社会集団としての私達に変化を迫っているかを問い、またこの変革のプロセスにおいてアートが果たし得る役割を考察することを通じて、変化の本質について探究を試みました。本展は、アルスエレクトロニカ、プリ・アルスエレクトロニカおよび展覧会でCCO兼マネージング・ディレクターを務めるマーティン・ホンツィック氏と、アルスエレクトロニカ・エクスポート代表ラウラ・ヴェルツェンバッハ氏がキュレーションを手掛けました。

本プロジェクトの初期段階で、世界のメディアアートシーンにおける卓越した貢献で知られる国、日本のアーティストおよびアート集団による作品を本展に盛り込むことは明らかでした。このことから、アルスエレクトロニカ独自の幅広い国際ネットワークが、日本人および日本を拠点とする作家やアート集団の作品の数々を含める上での鍵となったのです。

会場の複雑性と野心的な展覧会プロジェクト内容を考えると、欧州文化首都エッシュ2022の公費で100%賄う割り当て予算は、選出したすべての作家の参加を確実にするには不十分でした。そんな折に、日本人・日本在住の作家およびアート集団の作品の確保を支援する、EU・ジャパンフェスト日本委員会の助成金制度の機会が開かれていました。2021年の年末に第一次申請を行い、好結果を頂きました。

2022年3月、私達が参加アーティストを決定し、輸送の手配を始めた頃には、ロシア・ウクライナ戦争がすでに国際渡航や輸送に多大な影響を及ぼしていました。費用が跳ね上がり、私達は当初のコンセプトの見直しと、日本人・日本在住の本展参加アーティストおよびアート集団の数の縮小を余儀なくされました。

Another Farm, “Modified Paradise: Dress”, 2018. View of the exhibition “IN TRANSFER – A New Condition”. The exhibition is commissioned by Esch2022 – European Capital of Culture and produced in collaboration with Ars Electronica. Curators: Martin Honzik and Laura Welzenbach. ©︎ Franz Wamhof / Esch2022

急激なコスト高騰にもかかわらず、EU・ジャパンフェスト日本委員会は、最終選考に残った全作品の確保に必要な金額と同等になるよう、ご支援を増加してくださいました。以下がその展示作品です。Another Farm(尾崎ヒロミ氏(スプツニ子!)、串野真也氏)『Modified Paradise: Dress』(2018)、市原えつこ氏とISID オープンイノベーションラボ『都市のナマハゲ – Namahage in Tokyo』、h.o(小川秀明氏、図子泰三氏、小川絵美子氏、由良淳一氏、千明裕氏、早石直広氏、ジョン・ブラムリー氏、皆川陽子氏、玉川雄一氏、鳥谷部桜氏)『What A Ghost Dreams Of (ゴーストはどんな夢を見るか)』

本展の三作品のうちの二作品の複雑性を考慮し、作品設営に作家の立ち合いが必須となりました。Another Farmの串野真也氏と、h.oの千明裕氏とジョン・ブラムリー氏が設営チームとともに現場で数日間過ごしました。彼らの滞在は、作品の設営方法を学んだ私達とチームのみならず、作家自身にとっても個人レベルでとりわけ貴重な時間となりました。また、串野真也氏、千明裕氏、ジョン・ブラムリー氏と直接お会いしたことで、我々のメディエーターチームが作家と会話を交わし、作品にまつわるエピソードを知ることができ、それが後に、ガイドツアーや来場者からの質問に答える際に有益であったことが判明しました。 

本展は2022年9月3日に一般公開され、200名を超える来場者に加え、ルクセンブルクとオーストリアからの数名の当局者を迎えました。その後3ヶ月にわたり、さまざまな背景を持つ来場者が途切れなく訪れました。その多くが、特にh.oの『What A Ghost Dreams Of (ゴーストはどんな夢を見るか)』の参加型、リアルタイムイメージング技術の要素と、Another Farmの『Modified Paradise: Dress』の匠の技術と繊細なディテールの魅力に引き込まれている様子でした。

メーレライでの本展覧会シリーズを取り巻くレガシーを築き、メディアアートと歴史遺産の対話に関するより大きな議論に寄与するため、欧州文化首都エッシュ2022では、ベルリンを拠点とする出版社ハッチェ・カンツと提携しました。「“IN TRANSFER – A New Condition」展の図録には、キュレーターのマーティン・ホンツィック氏によるエッセイと展覧会完全ガイドが収録されています。これには作家からの数々の引用が添えられ、作品と建物の対話が際立つ展示風景の見開き掲載を含む、85ページを超える構成となっています。この図録は、2023年2月に発刊が予定されています。

本メディアアート展プログラムの目標のひとつが、メディアアートとデジタル文化研究が、いかにそしてなぜ技術、社会、人新世に関わるタイムリーな話題に問いを投げかけ、取り組む上で鍵となるかを幅広い観客に示すことでした。来場者は、メディアアートの実践や議論にとても敏感に反応し、彼らの関心は本プログラムが展開するにつれて着実に高まりました。今回の成功により、今後の長期的な科学、技術、社会に関わる芸術的実践の発表、記録、研究に関しての、ルクセンブルク文化省とエッシュ・シュル・アルゼット市との重要な話し合いへとすでに発展しています。

Danielle Brathwaite-Shirley, “BLACKTRANSARCHIVE.COM”, 2020. View of the exhibition “IN TRANSFER – A New Condition”. The exhibition is commissioned by Esch2022 – European Capital of Culture and produced in collaboration with Ars Electronica. Curators: Martin Honzik and Laura Welzenbach ©︎ Franz Wamhof / Esch2022

このレガシープロジェクトは、アルスエレクトロニカ、ZKM、HEKと、これらの展覧会プロジェクトを通じて出会った多数のアーティストならびに実践者との協働により生まれた国際的ネットワークを土台に構築されます。現代メディアアートとデジタルの実践の最高傑作を披露し続け、さらに芸術、科学、技術、社会に関する世界規模の議論に寄与することを、私達は目標として掲げています。日本人および日本在住アーティスト、実践者、機関との協働が、私達の観客に最も関連性の高いメディアアートプログラムをお届けする上で、鍵となることは明らかです。このことから私達は、プログラム、パートナーシップ、機関間の協働を通じて、日本とのさらなる関係の前進に重点的に取り組んでいく所存です。