コラム
Column日本の人形劇―飯田と人形劇フェスティバル
飯田は信州の南側の、諏訪湖から南へ太平洋に注ぐ天竜川の中ほどに位置する街である。飯田市の人口は約105,000人。東京または大阪から高速道路で約4時間、名古屋からは車で2時間かかる。
この地域は果物(梨、桃、リンゴ)の栽培が有名なので、リンゴが市のシンボルとなっている。最も大きなイベントは「飯田りんごん」という祭りで、同市は1979年から日本で最大の人形劇フェスティバル「いいだ人形劇フェスタ」も主催している。飯田が人形劇の街であるという事実は、飯田人形劇フェスタ以外にも年間を通して催される公演や、印象的な見どころである「ふたりなかよし」の像、人形時計塔、豪華な人形劇の劇場、人形及び映画アーティストの川本喜八郎にささげられた人形美術館など、伝統的な人形劇に基づくイベントがたくさんあることからも明らかである。飯田は水引の生産でも有名である。水引とは、上質の和紙で作られたカラフルな紐を使った小型の飾り付けのようなもので、特別の日や祝日の際の伝統的な贈り物として知られている。
飯田人形劇フェスタは、毎年8月上旬の4日間に開催され、およそ200名のパフォーマーを招いて約400公演が行われる。この国際フェスティバル(今年はデンマーク、カザフスタン、スウェーデン、アメリカ、チェコ共和国からのパフォーマーを招聘した)の目的は、アマチュアとプロの人形劇を紹介し、心から経験を共有し、人形劇を推進し、広い意味で芸術的思想と創造性に向かっていこうとする地域の人々を活性化することである。
飯田人形劇フェスタHP http://www.iida-puppet.com/index.html
フェスティバル期間中、私はジャンルやテーマ、プロダクションの違う約30公演を鑑賞し、複雑な感情というよりは奮起した感情になった。この状態は、すべての芝居が人形劇の芸術に対して共通の情熱を露にした一方で、発展性か、それとも創造性や目標志向の個人主義を強調するかで極端に二分化していることを意味する。
アマチュア人形師の中には、単純な技術的解決策や生き生きとした視覚イメージ、そして手に入れやすい素材(例えば人形劇団京芸の児童劇「火よう日のごちそうはひきがえる」のようなケース)を選ぶものもいたが、それは特に教育的なメッセージに落ち着いていた。
頻繁に見られたコミカルなアプローチを観察するのも興味深かった。観客は、あらゆる種類の道化;フロアショーの芸に影響されたもの(例えばベル演奏のましゅ&Kei)から、とても平凡で「なよなよした」管楽器を吹くまぬけと受け取れるような人までに愛情を持った。それらのアプローチにはマイムもあったが(プチバルーン) 、その一方で腹話術がより好まれた(いっこく堂腹話術)。
シンプルな素朴さが顕著に現れていたが、感嘆や愛情を呼び起こす個々の人形美学が、それに並行して発達し続けている。その最も顕著な例が、かわせみ座の幻想的な作品「ののさま幻想譜」と、ひとみ座が上演した「バイシクル」だった。人形劇団プークの「スカーフのファンタジー」も息を呑むほど美しく、オリジナルを極めていた。「ののさま」は、アニメーター(操り師)が作ったダンスの動きと、対象的に生き生きとした操り人形との統合が興味深かった。そして、これは私が滞在中に出会った唯一の、伝統的な日本の人形劇と現代の人形劇との組み合わせだった。
私はさらに多くの美しいものを見たが、セリフの多さで十分には楽しめなかった。しかし、それでも私は色彩と素材の磨かれた美学を楽しんだ。
チェコのアーティスト沢則行による芝居Pohádky (Stories) は、特別な場所を得るに値する。沢は、日本人の人形師だが、プラハには20年以上住んでいて、世界中で活動している。講師として今は教鞭に立っているDAMUで、彼は学んでいる。彼の作品「Stories」は、ヨーロッパとアジア、現代と伝統を、個別に織り交ぜたものである。日本人から見ると沢はヨーロッパに属しているといい、ヨーロッパ人から見ると沢は日本に属しているという双方の意見が、これを証明している。私の個人的な見解では、彼は非常に日本人であるけれども、舞台上での表現にはおなじみのチェコのアプローチがはっきりと露呈している。
アニメ映像のために人形を作ったそのアーティストにささげられた飯田市川本喜八郎人形劇美術館もまた素晴らしい。美術館の所蔵品には、2つのテレビ連続番組、中国の「三国志」と日本の「平家物語」からのものが含まれている。伝統的な人形を作る技や手順も紹介され、1968年から1980年代までのショートフィルムが映し出されている。
岡本芳一の作品を描いたドキュメンタリー映画「Vein-静脈-」は、力強い経験のひとつとして注目したい。岡本芳一は意図的な舞踏家で(去年亡くなった)、人間と同じ大きさの人形と演ずるのに適したオリジナルの人形技術を開発した。あるときは面だけを付けたり、あるときは頭、衣裳で描写された胴体、そしてダンサー・アニメーター(ダンサー兼操り師)の身体による個々の体の部位を使うという技術だ。2つの体が結びついたり離れたり、そして再びひとつになるといった叙情的な対話で物語が語られている一方で、芝居は日本の伝統的な音楽を伴っている。桜祭りの間の、桜の木の下の親密なダンスは、疑いなく最も美しいデュエットだ。
とても感動的だったもうひとつの演目は、江戸糸あやつり人形のグループだった。それは基本的に、伝統的な日本の人形を操る上條充ひとりだけで演じられていた。操り師が両手(時には歯まで)を使い、非常に複雑な人形を使った演技のエチュードである獅子舞の演目で彼は知られている。物語はすっきりしていて(フェスティバルでは文楽や仮面舞踊の様々なバージョンに出会った)- 荒々しく踊る獅子が自分をむなしく見つめ、観客に合図をし、静まり、1匹の蝶に激高するが、結果蝶を捕まえる代わりに自分のしっぽを捕まえてしまう様子を描いている。日本文化では、獅子は健康と成功をもたらしてくれる慈悲深い生き物の代表である。上條充の演技は、動きが詩的で、人形を操る技は信じられないほど高度で、その場面のパワーの源を象徴する人間と人形の関係性を伴っている。
まとめ
この度の訪日は、大変有益なものとなった。この旅は、私の関心が最も深い、舞台芸術分野についての本当の「縮刷版」研究旅行となった。そして結論はひとつしかない:関係の構築を一番に最初にやらなければならない。来年、マリボルが欧州文化首都となる2012年のためだけではなく、交流、相互学習、新しい道筋をお互い探しあうことが重要である。豊かな伝統があるとともに、戦後50年において、西洋文明の上にもう一度あるべき価値を示すように高度に発展してきた日本の文化、芸術は、豊かなインスピレーションの源である。
◎マリボル国立人形劇場のウェブサイトは コチラ