コラム
Column移動(Migration)-社会を奏でる常動曲
移住、移動は、欧州の文脈において、いつの時代も文化に重要な影響を与えてきました。西ローマ帝国の崩壊を招いた紀元前300年から500年にかけての民族移動時代から、欧州の人口構成を変えた2015年欧州移民危機に至るまで、それぞれの人口移動が重大な歴史上の出来事となり、それはまた文化に波及効果をもたらしました。
同様に、大規模移住や人口移動は、セルビア初の欧州文化首都となったノヴィ・サドの歴史をも形成しました。さらに言うならば、異なる民族がこの街の領土へと移動し、そこに住まいを見出した末の産物が、この都市そのものなのです。近年の歴史においても、1990年代のユーゴスラビア紛争の時代を含め、ノヴィ・サドは我が家を探し求める人々を引き寄せる場所でした。こうした人口移動のひとつひとつが、都市のアイデンティティを再構築してきた経緯があります。欧州文化首都ノヴィ・サドのタイトルイヤーの8つのプログラムアーチのひとつにこの事象に充てられた理由は、そこにあるのです。
プログラムアーチ「Migrations(移民)」の背景にある考えには、移住・移動を、日常的に起こっている何か、そして社会の一部として避けられない何かとして取り上げるねらいがあります。留学したい、より良い仕事あるいは安全な場所を見つけたいなどの理由で、人々はいつも移動しています。この動きは絶え間なく、果てしなく、そしてその結果さまざまな人々、その文化、視点や信条が交わり合い、とてつもなく新しい場所、音楽、表現、芸術領域、そして可能性を創出するのです。
プログラムアーチ「Migrations」における最大プロジェクトのひとつが「Migration of Souls」で、これは毎年開催されているノヴィ・サド・ブックフェアーの一環として企画されたマルチメディアイベントです。「Migrations」から連想されるもののひとつに、「異なる人々が集まること」という言葉があることから、私達は文学、音楽、舞台芸術を一堂に集めることに決め、その結果、ブックフェアでは一般的でないプログラムを加える運びとなりました。3月3日から3月13日までの10日間、ノヴィ・サド・ブックフェアーの来場者は、異なる国々からやって来たアーティスト達による音楽やパフォーマンスを体験するチャンスを手にし、それはある意味、少なくとも比喩的ではありますが、異文化に移動したことになったといえるでしょう。
「Migration of Souls」のオープニングアクトを務めたのが、日本の「サムライギタリスト」MIYAVI氏のコンサートで、その独自の音楽スタイルでノヴィ・サドの観客の心に火を付けました。MIYAVI氏は、セルビアではそれほど広く知られていなかったものの、関心を掻き立て、本プログラムにおけるベストセラーのコンサートのひとつとなりました。複合施設ノヴィ・サド・フェアの第一ホールのステージに入場した瞬間から、若者が大半を占める観客は熱狂し、音楽に合わせて踊ったり、MIYAVI氏のダイナミックでエネルギッシュな演奏ぶりをじっくりと鑑賞していました。
一時間半におよぶこのコンサートが放ったのは、愉快な雰囲気だけに留まりませんでした。MIYAVI氏は、UNHCR親善大使として、この機会に特にウクライナで起きている最も直近の欧州紛争を踏まえ、人々に他者に優しくすることを呼びかけ、平和のメッセージを広めました。これにより、「Migrations of Soul」プロジェクトのオープニングには新たな局面が加わり、私達が本プログラムを企画した時点で想定していたものよりも、意図せずによりアップデートされた内容となりました。
それからわずか数日後の3月8日の国際女性デーには、もう一人の日本人アーティストが第一ホールのステージに上がりました。今回私達は、フランス在住の日本人ダンサー伊藤郁女氏にお会いする機会に恵まれました。伊藤氏は、「Bogdan Janković & Entoforija」オーケストラと共演し、モダンなインタプリティブダンスとセルビア音楽の伝統に深く根差したジャズの音色の融合を披露しました。そのパフォーマンスは、異なる伝統と芸術表現、現代表現と伝統表現を組み合わせ、多様な背景を持つアーティスト達を一堂に集めることにより、真新しい新鮮な何かを生み出すことができるという、まさに私達がプログラムアーチ「Migrations」全体で発信したいと考えていたメッセージを表した最たる好例といえました。
伊藤郁女氏のパフォーマンスは、「Bogdan Janković & Entoforija」オーケストラの音楽に新たな次元をもたらしました。ステージ上でミュージシャンと共鳴し合い、ステージと観客席の両方で観客と触れ合いながら、伝統的なセルビア音楽をダンスで解釈することにより、伊藤氏は幾世紀にもわたって続くセルビアの伝統の一部を成す音色を、斬新なかたちで体験させてくれる幻想的な雰囲気を醸し出しました。
日本とセルビアの文化は、必ずしも常に互いに活発な交流を行っているわけではありませんが、MIYAVI氏と伊藤郁女氏のパフォーマンスは、私達が出会い、共創した瞬間に、人々の心に響く素晴らしい芸術を生み出すことができるということを示しました。突き詰めていくと、移動は絶えることなく、人々はこれからも動き続け、その結果このような社会的かつ文化的な常動曲が生まれます。だからこそ私達は、移動を享受するとともに、新天地で新しい文化を探索する勇気ある人達を大切にしなければならないのです。