コラム
Column2021年6月NEO音楽フェスティバルでの日本人アーティストのゲスト出演とセルビア人音楽家との協働
今年のNEO音楽フェスティバルおよび欧州文化首都ノヴィ・サドは、2021年6月11日から7月3日までの期間、ノヴィ・サド市内の多彩な場所や空間を舞台に「Project 22」を開催しました。本プロジェクトの主な使命は、音楽を通じてノヴィ・サド2021-2022のプログラムコンセプトを表現することでした。このプログラムコンセプトは、「For New Bridges」と銘打ったスローガンを起点とし、ノヴィ・サドならびにセルビアのアーティストや団体と欧州の文化シーンを結ぶ協力関係や交流の新たな懸け橋を築くという発想を象徴しています。本プロジェクト自体の芸術的コンセプトが、人権、多文化主義、異文化間の対話、環境啓発、平和に関わる政策といった欧州連合の基本理念に基づいています。このプロジェクトにおいて、二つのプログラム・アーチを表現するために、日本人とセルビア人音楽家の協働が披露され、脚光を浴びました。6月14日にスヴィララ・カルチャー・ステーションにて開かれた、チェロ奏者のアネット・ジャコヴィッチ氏とピアニストのヴァレンティナ・ネナシェヴァ氏によるコンサートでは、スローガン「The future is now」を掲げた「自由の橋」の一部である「ヒロイン(Heroine)」と呼ばれるプログラム・アーチのコンセプトが披露されました。6月20日にマチカ・スルプスカ内のギャラリーのホールにて、音楽家の松井加奈氏(バイオリン)、ジェルジ・アーチ氏(ビオラ)、犬飼新之助氏(ピアノ)、伊藤むつみ氏(フルート)、イレーナ・ジョシフォスカ氏(チェロ)が出演したNEOアンサンブルによる二つ目のコンサートでは、「Diversity is our strengh」をスローガンとする「虹の橋」を成す「移民(Migration)」のプログラム・アーチを表現する試みがなされました。これらのアーティスト達は、ともに音楽づくりに取り組み、音楽に関する知識や経験の交流を行った以外にも、セルビア人音楽家が彼らにノヴィ・サド市内の史跡や観光名所を案内し、伝統的な郷土料理を紹介した際に、数日間を一緒に過ごす機会を得ました。さらに「Project 22」の一環として、彼らはスヴィララ・カルチャー・ステーションの前に花を植樹する形式で行われた地元コミュニティとの絆活動にも参加し、このことを通じて環境と環境啓発の大切さを指し示しました。ノヴィ・サドで過ごしたこの数日間は、これらの若手音楽家にとってかけがえのないひとときとなったことと思います。なぜならば、彼らは今回のコンサートのプログラムにともに取り組んだだけにとどまらず、異なる音楽的経験を分かち合い、友好を深め、さらには彼らが2022年に再び集結し協働の場を持ち、最終的には公演を行うプログラムについて話し合えたからです。
Shinnosuke Inugai, piano/ Kana Matsui, violin ©Vladimir Veličković
チェロ奏者のアネット・ジャコヴィッチ氏とヴァレンティナ・ネナシェヴァ氏は、6月12日にアネットさんがセルビアに来訪した際に初対面となりました。本プログラムの合同リハーサルが開始したのはそのときのことで、6月14日午後8時にはスヴィララ・カルチャー・ステーションで開幕したコンサートの舞台で共演を果たしました。この晩のコンサートのプログラムは、以下の作曲家による作品、ルイジ・ボッケリーニ「チェロ・ソナタ第6番 イ長調」、ヨハン・セバスティアン・バッハ「無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調」、ロベルト・シューマン「幻想小曲集作品73」、ヨハネス・ブラームス「チェロ・ソナタ第1番 ホ短調」、滝廉太郎「荒城の月」で構成されました。今回の公演は、セルビア人の観客が、歴史的に重要な作曲家の手掛けたチェロ演奏のための名作の数々を鑑賞する機会となりました。欧州人作曲家の作品に加え、このコンサートの締めくくりには、短い伝統的な日本の歌曲「荒城の月」が披露されました。これら全曲が定番のチェロ曲のレパートリーで、アネット・ジャコヴィッチ氏は、これらの作品に課せられたあらゆる技術的、音調的、様式的な要件を満たしながら、極めて注目に値する芸術的な表現で演奏を披露し、そこには様式的統一性、真摯な姿勢、そして音調に対する多大なこだわりが込められた、各楽曲への調和的かつ吟味を尽くしたアプローチが表れていました。この夕べのヒロインであるアネット・ジャコヴィッチ氏とヴァレンティナ・ネナシェヴァ氏は、ソロ演奏が行われたバッハの「無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調」を除いて、共通の音楽を奏でるなかで、ソロ奏者と伴奏者いうような関係ではなく、デュオとして対等に演奏を行い、お互いに知り合い、演奏をともにしてわずか二日という期間であったにもかかわらず、二人は相互の連携において並々ならぬプロ意識を見せつけました。コンサート終演後に、アネットさんは、一年間の活動休止期間を経て、今回は彼女にとって特別なリサイタルとなり、ノヴィ・サドという場所で自らの音楽を再び観客と共有できたことは、ご自身にとって大変意義深いことだった、と述べていました。
Recital in Svilara Annette Jakovčić, cello and Valentina Nenaševa, piano ©Uroš Dožic
日本人・セルビア人音楽家による二つ目のコラボレーションは、松井加奈氏(バイオリン)、ジェルジ・アーチ氏(ビオラ)、犬飼新之助氏(ピアノ)、伊藤むつみ氏(フルート)、イレーナ・ジョシフォスカ氏(チェロ)らの音楽家が、NEOアンサンブルを結成したことにより実現しました。彼らは6月16日にノヴィ・サドに合流し、6月20日午後8時にマチカ・スルプスカ内のギャラリーのホールで開かれたコンサートに向けたリハーサルを開始しました。本プログラムには、セザール・キュイ「フルート、ヴァイオリン、ピアノのための5つの小品」、J.Mダマーズ「フルートとピアノのための変奏曲」、W.Aモーツアルト「フルート四重奏曲ニ長調」、ヨハネス・ブラームス「ピアノ四重奏曲第3番作品60」といった作曲家による楽曲が盛り込まれました。ピアノ二重奏や三重奏からピアノ四重奏に至るまで、さまざまな組み合わせで作品の演奏を繰り広げたこのアンサンブルは、演奏における抜群な柔軟性と相互の連携ぶりを見せました。モーツァルトとブラームスのピアノ四重奏という音楽史上最も有名なピアノ四重奏の二つの名曲を奏でるにあたっての、極めて精緻な音調、異なる楽器が織りなす調和した音色、様式に関する知識と正確な演奏から、それぞれの音楽家の個性的なアプローチが浮き彫りとなり、さらにそれが、アンサンブルとして共演するなかで、ハーモニーに包まれかつ緻密なかたちで表れていたのです。コンサートの最後に、ピアニストの犬飼新之助氏が、ユーモアたっぷりにご自身の即興演奏のスキルをピアノで披露してくださいました。犬養氏は、観客とのやりとりのなかで5つの音名を挙げてもらい、ド、レ♭、ファ#、レ、ラの音を基本にその場で曲にし、ガーシュウィンのジャズ即興曲に即興を加え、セルビアの国歌をモチーフに取り入れた演奏が、観客からのスタンディングオーベーションを巻き起こしました。今回のコンサートはおそらく、学業やコンサートの公演活動などを理由に世界の他の地域に移住した異なる文化的や地理的背景を持つ若手音楽家達が、自らの経験を発表したり他の音楽家と経験を交換できる、このような出会いや協働の場をいかに必要としているかを示した、極めて顕著な例といっても過言ではありません。
Mozart – Flute quatret
Kana Matsui, violin/ Gyorgy Acs, viola/ Mutsumi Ito, flute/ Irena Josifoska, cello
©Vladimir Veličković
これら二つのコンサートでの観客の反応は、極めて好評でした。両コンサートでは、鳴りやまない拍手と喝采が伴いました。疫学的(新型コロナウィルス感染症)対策遵守のため、観客席数を減らしての実施となったものの、ホールは満席となり、その一方で、コンサートの放映をNEO音楽フェスティバルの公式YouTubeチャンネルでご覧いただくことも可能となりました。
日本人とセルビア人音楽家達の今回の出会いは、相互の連携や交流を行い充実した時間を過ごしただけでなく、ノヴィ・サドが文化首都のタイトル・イヤーとなる来年に、さらなる協働とコンサートの実現に向けた計画を推し進めるに至りました。犬飼新之助氏は、メシアン作曲の「世の終わりのための四重奏曲」のピアノ演奏を披露する可能性が挙がっています。NEOアンサンブルの他のメンバーは、ノヴィ・サド・カメラータ・アンサンブルや同郷出身の音楽家達とともに合同コンサートに参加し、一方でアネット・ジャコヴィッチ氏は、チェロ・アンサンブルとともに室内楽レパートリーからの音楽作品を演奏する模様です。
Audience of NEO Ensemble in Gallery of Matica srpska ©Vladimir Veličković
NEO音楽フェスティバルでのコンサートの力を借りて実現したプログラムコンセプト「Project 22」の開催は、非常に重要なものといえました。なぜならば、観客の皆さんに、次なる2022年に披露されるプログラムの内容に親しんでいただく機会となったからです。その一方で、日本人とセルビア人の音楽家達は、翌年へと継続する協力関係を確立しました。こうして彼らは、ともに協働し、お互いに理解を深め、素晴らしいコンサートを開催するチャンスを手にしたのです。今回の経験が、彼らの懐かしい思い出のなかで息づき、それがさらなる取り組みを後押しするものと私達は確信しています。このことからもいえるように、私達は、NEO音楽フェスティバルを企画するにあたりお力添えくださり、日本人音楽家のセルビアのノヴィ・サドへの来訪と公演を可能にしてくださった、EU・ジャパンフェスト日本委員会にも感謝の意を表したいと思います。