A ray of light in the darkness of the cave

菅原圭輔| "mellem to" プロジェクト主宰、演出

空谷の跫音(四字熟語)
意味:だれもいないはずの山奥で聞こえる足音。孤独なときに受ける珍しくうれしい訪問や便りのたとえ。

私は日々、様々な人とすれ違い、挨拶をし、関係を築いています。それはきっとあなたと同じように。その中で異なる思考や視点に触発され、対立し、憧れ、それらのプロセスを通して「私」という存在が形成と変化を繰り返しています。

2017年の渡独以降、私は欧州と日本を行き来しながら創作活動を行なっています。

文化背景や母語、生活様式が異なる人と触れ合い、時間を共有することは私にとって非常に貴重な体験です。個人によって異なる「視点」はとても興味深く、その違いを通して私は自分の知らない「私」に出会うことができます。

私は演出家として、自分とは異なる「視点」から生まれる表現や感情を抑制するのではなく、自身さえも一つの「視点」と考え、同じ空間の中に共存していこうと思うようになりました。主観のみで構成される物語ではなく、異なる主観が混在する多面的な表現の世界を築きたいというコンセプトから、日本語の四字熟語をタイトルに採用しました。なぜなら、併存する文字の一つひとつが独立して意味を持ち、それらの並びでより言葉の深みが増すという姿が目指す作品に重なったからです。本企画を通して、私は特定のジャンルにとらわれない総合的な作品の創作を目指しました。

 

 

本企画を立ち上げた2020年上半期、私が暮らしているドイツでは3月よりロックダウンが始まり、芸術活動を筆頭に自粛が求められ、今まで経験したことがない時間を過ごしました。その静かな、洞窟の中にいるような長い時間の中で、私は改めて「自己の在り方」について熟考しました。そして変化してしまった新しい世界の中で、どのように他者との関係性を築きたいのだろうと自問自答していました。その2つのトピックは新しく私の創作活動を行う上での基盤となりました。

多種多様な「自己」を同じ空間で共存させ、その上で各表現者たちが「自己の確立」し「他者との関係性」を探し出す。その実験的なプロセスを基に舞台作品として構築し、欧州と日本で成果を発表する。我々が提示する1つの仮説は、文化が異なる場所では見え方がどのように変化するのだろう。その思いから、ジャンルの異なる3人のアーティストとコラボレーションを行い、言葉と身体、そしてサウンドスケープが共存する新しい舞台作品の創作を行うべく本企画を発足させました。

 

 

当初は、世界的なパンデミックの状況も2021年には好転しているだろう、という願いも込めて企画を進めていました。しかし残念ながら、2020年下半期、欧州をはじめ多くの国でコロナウイルスの流行が再拡大し、欧州で2021年2月に予定していた本作の公演、及び関連プロジェクトとして計画していたデンマークでの専門学生へのプレゼンテーションは中止になりました。2021年9月からの日本での滞在制作に向けて活動を再開、ビジネスパートナーであるデンマーク国籍のChristina Dyekjærの短期滞在ビザが日本政府から発行されず、彼女の日本公演への参加を諦めなくてはならなくなってしまいました。また、東京公演後に企画していた日本各地でのイベントも中止せざるを得なくなりました。その他にもコロナ禍での公演に向けて様々な問題に直面しましたが、私はそれを新しいことに挑戦する機会と捉え、新たな出会いや今までにない試みへとつなげました。具体的には、日本公演に向けて新たにダンサーを加え、新体制で作品を構築しました。また、初のライブストリーミングでの配信公演にも挑戦することにより、日本国内外や遠方の方々、劇場に直接ご来場いただけない沢山の方々にも作品を共有することに成功しました。日々変化する状況の中、柔軟な対応や決断が迫られるのは非常に難しかったものの、自身にとって貴重な経験となりました。

 

 

表現者が共存する――それは当たり前のようでいて、ある種特異な状況だと私は感じます。自己表現を完結させながら、他者とも空間や時間を共有する。その複雑な状況というのは、実社会での我々の在り方と似ているのではないでしょうか?我々が過ごしやすい環境というのは、第一に各々が「自分」でいられる場所を確立し、その上で隣人と付き合っていくこと。両方に心地よさを覚えた時、きっと我々は自然な「自分」を見つけることができるのではないでしょうか?転換期の今だからこそ、自分の創作活動を通して上記の実験に着手できたことは素晴らしい経験だったと思います。

異なる表現たちが各自の「ソロ」を出力し、その先に生まれる見えない関係性を拾い上げていく。そのために私は、参加アーティストそれぞれとあえて個別に創作を行い、創作期間の後半からそれらを融合させました(個→全体)。それは私の従来の創作方法(全体→個)とは真逆のアプローチで、一人ひとりをアーティストとして尊重し、信じていく作業の繰り返しでしたが、最終的に見えてくる関係性や作品性として、私の想像を超えた素晴らしいものが積み上がっていきました。

 

本企画では、新たな創作プロセスや、異ジャンルの芸術を同じ比重で作品内に共存させる、といった新しい試みの可能性や将来性を強く感じることができました。それと同時に改善点(聴覚と視覚のバランスから生じる見る側の複雑さなど)を今後の課題として認識できたことは大きな収穫でした。

本公演を経て、「自己の確立」と「他者との関係」という自身の創作題材においての今後の展望を持つことが出来ました。

 

 

先述の通り、本企画の関連事業の内、コロナの感染拡大により残念ながら中止せざるを得なかった機会や断念した挑戦が沢山あります。私は今回の経験をいかし、今後も本企画を欧州で発展させていこうと思っています。そして、欧州と日本をつなぐひとつの掛橋として、日本国内と海外のアーティストのコラボレーションを行い、創作活動・文化交流を促進していきたいと考えています。また、先々で開催される欧州文化首都にも積極的に参加していきたいです。

写真©横田敦史