躍り巡るフェスティバル、Spring Forward 2024見聞録

林 愛弥|DaBY/ProLab 第1期 乗越たかおの“舞踊評論家[養成→派遣]プログラム受講生

作品を取り巻く無数の不定形な要素が、身体というフィルターを通して観客の目の前に立体的に現れる。建築設計というソリッドな仕事に携わっているからだろうか、筆者はそんなコンテンポラリーダンスが生み出す空間に魅せられ続けている。

乗越たかお氏とDanca Base Yokohamaが共同主催する舞踊評論家育成プログラムに参加する機会を得て半年。ダンスのあるところに足を運び、自分の目で捉えた空間の魅力を言葉にして共有したい、その初心は今も変わらない。

プログラムの終着点はドイツであった。目的は、ダンスフェスティバルSpring Forward 2024への参加。主催はヨーロッパを横断するコンテンポラリーダンスのプラットフォームAerowaves だ。フェスティバルの開催地は毎年異なるが、それを可能にするのはAerowavesが持つ34か国計44つのダンス組織や劇場との強靭なパートナーシップである。今年はヘッセン州立劇場のディレクターBruno Heyderickx氏をホストパートナーに迎え、ドイツ・ダルムシュタットを拠点に周辺のマインツ、ウィースバーデンの計3都市にある劇場期間と提携する形で行われた。ゲストリストには総勢200人を超えるダンス関係者が名前を連ね、その注目度の高さが伺える。

早朝のダルムシュタット州立劇場 ©︎ 林 愛弥

3日間のコンパクトな会期中に上演されるのはヨーロッパ各地の新進振付家の作品の数々だ。公募に対して今年は総計700近い数の作品が届いたという。選考にはフェスティバルディレクターだけではなく、Aerowavesのパートナー全員が関わるのもSpring Forwardの特徴。こうして彼らの投票により決定した20作品が、まだ肌寒い2024年3月のフェスティバルに集まった。

AerowavesとSpring Forward運営チームの面々 ©︎ 林愛弥

ウィースバーデン州立劇場の地下ホールで披露されたのは、チェコを拠点に活動するJazmína Piktorová とSabina Bočkováによる「Microworlds」。作品のキーとなるのは指先でつまめるほどの松ぼっくりや石ころ、小枝といった小さな自然物。それらの小道具とダンサーが戯れることで舞台上に展開される極小のランドスケープに観客は目を凝らす。日常にひそむ機微を慈しみ、繊細にすくい上げるような美しい作品であった。子供向けに制作された作品だというが、幼稚な表現に流れず、作品の強度が保たれていたことも特筆すべきだろう。

形式化されたダンスのボキャブラリーを使用しない作品も多い。例えばネオンカラーの衣装を纏ったローラースケートの集団が舞台を縦横無尽に走り回る、Catarina Miranda振付の「Cabraqimera」。また「Iterations」を披露したTom Cassaniは手品師のバックグラウンドを持つ。彼の手元から消えては現れるコインの行方に観客は没入し、気がつけばその指先の所作によって空間がすっかり支配されていた。照明効果とミサ曲の合唱で構成されるAurora Bauzmà & Pere Jouによる「A BEGINNING #16161D」もユニークな作品だ。暗闇の中に出演者の身体が浮遊するように照らし出され、作品の輪郭はその変幻自在で知的な照明デザインによって伸び縮みを繰り返す。「踊らない」これらの作品をどう受け止めるかは観る者次第だが、フェスティバルの参加者の多くの意見は前向きなものであった。自らの経験値に頼らず、常に真っ新な視点で作品と向き合う彼らとの議論を通じて、筆者も各作品への思考をより一層深めることができた。

Fran Díazによる作品「Born by the sea」のコンセプトは上記の作品と比較すると地味に映るかもしれない。素舞台に2人のダンサーが練習着姿で現れ、フィジカルな動きとグルービーな音楽が重なる。それ自体はアジアのアーティストの作品でも散見される「よくある」構成だが、ディテールへの配慮が本作のクオリティを特別なものにしていた。身体の立体感が際立つハイサイドからの照明や、舞台上をだらしなく漂い拡散していく微量のスモーク、コンクリート現しのざらっとした壁面をなでる仕草。そうして空間に少しだけテクスチャが加えられると、作品全体を包む無常感の中に躍動する2人の身体が閃光のように浮かび上がる。奇抜なテクニックやアイデアを先行させず、要素の絶妙な足し引きの繰り返しで空間を積み上げる感性に触れ、ものづくりの信条にも立ち返えるような瞬間であった。

Fran Díazによる作品「Born by the sea」のカーテンコール ©︎林愛弥

その他に興味をそそられた作品は、高い身体能力が作る間合いで無音の空間をコントロールしたSarah Baltzinger とIsaiah Wilsonによる「MEGASTRUCTURE」、余裕たっぷりにチャーミングなフラメンコを披露したMaría del Mar SuárezとLa Chachiの「Taranto aleatorio」、自らのアイデンティティをコンサートさながら歌と踊りで祝福するYAVによる「MOVEMENTS OF SOUL」、州立博物館のロビーを会場に、サイバーパンクな世界観を炸裂させたオランダのユニットTrevogaの「11 3 8 7」などなど、書き出せばきりがなく惜しいので、全作品の情報を1つのマップとしてまとめることにした。筆者の主観による分類だが、こうして俯瞰すると20つの多様な個性が浮かび上がるのではないか。

今回の経験を通して得られたヨーロッパのダンス関係者と出会いも何事にも代えがたい。そこには各地のフェスティバルディレクターや劇場関係者のみならず、開催地近郊に拠点を置くダンス制作者向けのプログラムArtist Encounterを通して参加していたドイツ在住のアーティストや、舞踊評論家を育成するSpringback Academyの受講生の姿もあった。賑やかな劇場ロビーを眺めるだけでSpring Forwardがダンスに関わるコミュニティの貴重なハブとして機能していることは一目瞭然であった。筆者もこれらの縁を建築設計と舞踊評論を融合したキャリアの先に繋げることを目標に、自らの足元である日本やアジアを取り巻くダンスの現在にも向き合い続けることで精進したいと思う。

来年2025年のSpring Forwardは欧州文化首都事業の一環として、イタリア・ゴリツィアでの開催が決定している。Aerowavesの創始者であるJohn Ashfordが昨年2023年12月に亡くなったことを受け、今後の展望をフェスティバル共同ディレクターのRoberto Casarotto氏に聞くと、「同じメンバー、同じフォーマットでずっと続けていきたい」と答えてくれた。ダンスへの志を共有する人々によって守られながら丁寧に開かれ、自然とコミュニケーションが始まる場所。ドイツから帰国した今、Spring Forwardは陽だまりが温かな縁側のように思い返される。対話を恐れず、未知の世界へも想像力を頼りに歩み寄ること。建築設計も舞踊評論も文化交流も、大切な本質は同じなのかもしれない。

最後にSpring Forward 2024に関わった全ての方々と、この素晴らしい機会を与えて下さったDaBY/ProLab 第1期乗越たかおの“舞踊評論家[養成→派遣]プログラム、そしてプログラムの後援であり、今回の海外派遣への経費を支援いただいたEU・ジャパンフェスト日本委員会の皆さまに、この場を借りて心からの謝意を伝えたい。