荒井建と共に知覚の果てへ

アンドレア・ミュラー|メディアアート・フリースラント財団 ディレクター

20232月のレーワルデンは、いつものような寒さと暗さはなく、光と音、そして人々ーLUNAフェスティバルの作り手たち、アーティスト、技術者、プロデューサー、そしてこの地域の人々や、各地から集まったアート愛好家やアート関係者など、非常に幅広い観客たちの温かさに満ちていました。第一回目となるLUNAは、一年のうち文化的に最も静かで暗い季節である2月に開催され、芸術作品たちが素晴らしい輝きを放ちました。

‘Quantum’ by Tatsuru Arai at LUNA 2023, Blokhuispoort, Leeuwarden ©︎ Media Art Friesland/Tom Meixner


LUNAの開催チームは、都市、建築、自然、そして住民を尊重しながら、作品設置の為に慎重に18ヶ所のロケーションを選びました。展示されたのは、観る人の心を揺さぶり、挑戦的でありながらも且つ、誰もが楽しめる、光、音のメディア・アートの作品でした。

来場者は街を散策しながら、路地を抜け、大きな広場を越え、さらに未知の場所を訪れ、コロナの流行以来初めて、教会からショッピングセンターに至るまで、わくわくするような様々な屋内のロケーションも訪れました。作品は、小規模で実験的、非常にアナログなものから、大規模なアニメーション、ビデオマッピング、インタラクティブなプロジェクトまで、多岐に渡りました。

ブロックハウスポート旧刑務所の中庭の一角は、日本人アーティスト荒井建の強烈なサウンドとビジュアルに包まれました。荒井氏の作品は、ほとんどの人には聞き取りにくく、人によっては気づかないようなサウンドで人間の知覚に挑戦しますが、その魅惑的なビジュアルとともに、親しみやすく、耐えやすく、心地良くさえ感じられるのです。

500年以上の歴史を持つブロックハウスポートは、15年ほど前にその機能と性質を全面的にリニューアルするまで、オランダ最古の刑務所でした。この歴史的建造物は、数十のクリエイティブ・ビジネス、ショップ、図書館、2つのレストランが集まるクリエイティブ・ハブへと生まれ変わりました。その歴史を通して、ブロックハウスポートには多くの心や魂が宿っています。そしてそれは今でも変わりません。住民の特徴は変わったかもしれませんが、クリエイター、観光客、会社勤めの人々などが、自分たちの意思に反してブロックハウスポートに収容されていた人々からこの場所を譲り受けました。ある人は今だにブロックハウスポートの多くの魂を感じたり見たり出来ると言い、ある人はそれを聞くことができると言います。そして、荒井建と一緒に、彼から知覚の果てについて学んだ私たちが、どうしてそれらを疑うことが出来るでしょうか?

荒井建の作品は、そのハイテクな外観から、古い建物の中庭に偶然舞い降りたように見えます。しかし、音と映像が流れた途端、まさに選ばれた場所にあるのだと大いに納得がいくのです。荒井はその作品で観客の魂に触れ、彼らが何処にいるのかを忘れさせ、まるで音と光と建築に吸い込まれるような精神状態を作り出しました。『Quantum』は、かつての刑務所の環境や性質と融合し、現在と過去の魂を魅惑的な旅へと誘いました。

Quantum』は『Hyper Serial Music』シリーズの一部です。タイトルが示す通り、20世紀の重要な作曲技法であるシリアリズムに基づいています。荒井の多彩なインスタレーションの音は、人間の聴覚の限界と戯れるのです。彼の作品の出発点は、人間が知覚できる音は宇宙が生み出すもののごく一部に過ぎないという概念です。彼のインスタレーションでは、人間が耐えうる音声入力の限界を追求しながら、それでもなお興味深い、あるいは楽しいとさえ感じることができるのです。

人間が知覚できる音は、宇宙の膨大な量子エネルギーとバイブレーションの一部に過ぎません。音楽は莫大なエネルギーと振動から抽出され、人間が認識します。『Hyper Serial Music』は、様々な状態の瞬間の連続です。音楽技術の歴史において、『Hyper Serial Music』は、「構造的」、「複雑」、「ノイズ」という3点からなるシリアリズムの原理を革新しています。1728種類の異なるノイズ・パターンに及ぶこれらのサウンドは、人間の聴覚の限界に達しています。『Quantum』を支えるビジュアルは、アルゴリズムとA.I.ミュージックを駆使して作られた『Hyper Serial Music』の初期作品の音と表現の翻訳なのです。

‘Quantum’ by Tatsuru Arai at LUNA 2023, Blokhuispoort, Leeuwarden ©︎ Media Art Friesland/Gabe Kamphuis

ブロックハウスポートで『Quantum』を見た何千人もの来場者のうち、おそらく多くの人は自分たちがオーディオ実験の一部であることに気づかなかったでしょう。10メートル×2メートルのLED壁に高速で映し出される魅力的でカラフルな映像が、来場者の注目を一身に集めたからです。ふさわしい環境、よい仲間、楽天的なムードの中で経験すれば、何事も耐え得るものになるということを、さらに強く印象づけ、人々は量子の美しさと激しさに感嘆しました。

私たちがLUNAで目指しているもの。それは、アートを愛する人々から、通りすがりの女性まで、幅広い観客のために、光と音の力に捕らわれるような、何層にも重なった力強い作品です

荒井達がLUNA2023のゲストとして参加してくださったことに深く感謝します。彼は非常にクリエイティブで、プロ意識が高く、制作過程においても気さくで、展示期間中も作品を大切にし、観客にとっても親しみやすく、芸術祭での他のアーティストたちと溶け込むことに関しても非常に社交的でした。 彼との共同作業を心からお勧めします。私たちは次回、彼のどの作品を招待しようかとすでに検討しています。