コラム
Columnノルウェーのアメリカ系ジャズと日本のエクスペリメンタリズムの融合
クローム・ヒルは、ノルウェーのアメリカ系ジャズロック・バンドで、これまでに7枚のアルバムと数多くのライブパフォーマンスを生み出してきた。クローム・ヒルはカルテットグループで、ドラムのトルステイン・ロフタス氏もレギュラーメンバーであるが、今回の2024年9月のノルウェー・ツアーには、トルステイン・ロフタス氏は期間中の別の仕事のため参加が叶わなかった。
この物語は、2015年に六本木の伝説的なクラブ、スーパー・デラックスで、ドイツのドラマーでクラウトロックのアイコンであるマニ・ノイマイヤー氏とデュオ演奏をした八木美知依氏の21絃、そして17絃のハイパー箏のパフォーマンスに、アスビョルン・レルハイム氏とロジャー・アーエンツェン氏が瞠目させられたことから始まる。クローム・ヒルは同じ晩、同所で2本立て公演を行った。そこで彼らは、八木氏のユニークなサウンドをクローム・ヒルの音楽に取り入れるというアイディアを検討し始めた。
このアイディアが実現したのは、クローム・ヒルの次のジャパン・ツアーの2019年。クローム・ヒルは八木美知依氏とドラマーの田中徳崇氏を東京・渋谷の公園通りクラシックスに招いた。すべてのミュージシャンが一緒になって生み出すエネルギーは壮大で刺激的で、クローム・ヒルのメンバーは、このコラボレーションをより深く掘り下げるため再び日本に戻ってくるのを待ちきれなかった。
2020年にクローム・ヒルが再び来日した際は、バンドメンバー全員を連れてくることができなかったため、カルテットを半独立させた「室内楽バージョン」として活動するクローム・ヒル・デュオという別の形で来日した。一方、田中氏は九州に転居したため、八木氏は箏+ドラムのパワー・デュオとして長年の音楽的パートナーを組んでいた本田珠也氏やほかのいくつかのグループを呼び寄せ、Chrome Hill Duo + 道場としてコラボレーションが実現した。
このとき、レルハイム氏とアーエンツェン氏が彼らの来日を記録するために録音機材を持参していたことは、結果的に幸運だった。これは、アケタの店でのライブパフォーマンスの録音を聴けば納得がいく。残念ながら、その直後に新型コロナウィルスが世界を襲い、制作は数年間延期された。しかし2023年、ついにアルバムはリリースされた。
クローム・ヒルは、ノルウェーの聴衆にもこのコラボレーションを紹介したいと常々考えていたところ、EU・ジャパンフェスト日本委員会の『パスポート・プログラム』がレルハイム氏とアーエンツェン氏を資金面で支援し、2024年の再来日が実現することとなった。アーエンツェン氏の故郷であるボードーが、今年の欧州文化首都のひとつであったこともその契機となった。この来日とミーティングはとても実り多いものとなり、八木美知依氏、本田珠也氏、そしてプロデューサーのマーク・E・ラパポート氏を2024年にノルウェーに招く計画が始まった。
この夢の計画は、EU・ジャパンフェスト日本委員会のプロジェクト支援によって実現した。最終的に我々は、ノルウェーで7回のコンサートを開催し、ボード―では、欧州文化首都ボードー2024のプログラム、そして地元のジャズクラブAd Libのプログラムの一環としてコンサートを開催した。また、シェールスタッドという小さな村のスクロープラネットでも演奏した。ボードー2024での2つのコンサートの他には、オスロではノルウェーのナショナル・ジャズシーンであるヴィクトリア・ナショナル・ジャズシーンでコンサートを行った。残りのツアーは、モスのハウス・オブ・ファウンデーション、スタバンガーのブリーゲ・ハリー、ハマールでは、ハマール・シアターでハマール・ジャズグラブとのコラボレーションが実現した。そしてボードーでのコンサートの直前には、テンスベルのUROハウガー美術館で、Nonfigurativ Musikk コンサートシリーズとしてコンサートを行った。テンスベルでのコンサートには、ノルウェーギター界のアイコン的存在であるアイヴィン・オールセット氏が特別ゲストとして参加してくれた。実は、道場とオールセット氏は以前にも一緒にコンサートをしたことがあったが、クローム・ヒルとオールセット氏が一緒に演奏したのは今回が初めてだった。このコンサートは私たちにとって大変特別なもので、素晴らしい音楽的瞬間がたくさんあり、満員の聴衆にも大好評だった。
7回のコンサートに加えて、ラパポート氏、八木氏、本田氏はオスロにあるノルウェー国立音楽大学でワークショップを開催した。これは生徒たちにとって非常に刺激的で実り多いものとなった。学生のほとんどはこれまで箏の生演奏を聴いたことがなく、ましてや八木氏の非常に独創的な箏の生演奏を聴くのは初めてであった。彼女の箏はエレクトリック21弦箏で、ピエゾ・ピックアップが内蔵されている。彼女は電子機器を用い、エレキギターの効果音ペダルを使い、非常に個性的なサウンドを奏でる。ワークショップでは、ラパポート氏がミュージシャンを紹介することから始まり、伝統的な箏の奏法やレパートリー、そして八木氏が現在演奏しているハイパー箏の奏法まで、箏についての簡単な歴史を生徒たちに教えた。生徒たちは、八木氏と本多氏の音楽的背景と、現在の日本の実験的ジャズ・シーンをリードする即興演奏家として活動する2人の道のりを学んだ。ワークショップの最後には、道場が学生たちのために即興演奏を披露し、2人の学生も八木氏、本田氏と一緒に演奏する機会を得た。
クローム・ヒルと道場は、オスロのアンバートーンでスタジオ・レコーディングも行った。クローム・ヒルが自由な即興演奏だけを録音するのは今回が初めてだったが、これは、この友情と音楽的つながりをこれからも発展させていきたいという強い願いの表れでもあった。私たちはすでに道場から東京に招待されていて、ノルウェーでのコンサート、一緒に過ごした日々、そしてスタジオでのレコーディングが、クローム・ヒルと道場のコラボレーションをより強固なものにしたと感じている。そして、これからもっと多くの瞬間を一緒に作ることを心から楽しみにしている。