コラム
Columnウェイズ・オブ・アース(土のたどる道)
日本の陶芸の伝統において、その土地や地形、自然環境との有機的な繋がりが今もなお極めて重要とされています。こうした視点をもとに、ネーマ・ユリア氏の着想とキュレーションによる異文化間プログラム「ウェイズ・オブ・アース」が、創造的対話を開始しました。本プロジェクトの発足にあたり、ネーマ氏は、プロジェクトパートナーの地理学者バルナバ・コルベリ氏と写真家アコシュ・チガーニー氏とともに2023年5月に日本を訪問しました。
ネーマ氏は、この視察旅行の成果として、2023年8月にバラトンEYEが主催するアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)プログラムの受け入れ機関、ヴェスプレームハウスオブアートの招聘作家として、美濃の二人の代表的作家、阿曽藍人氏と日置哲也氏を選出しました。両氏が持参した小規模なセレクションの作品は、ハウスオブアートでのユリア・ネーマ氏の大規模インスタレーション作品『リキッド・アース』との合同展として開かれたポップアップ展で披露されました。全作家は、AIRの一環として、5日間のバコニーバラトン・ユネスコ世界ジオパーク周辺を巡る特別企画のジオツアーに参加し、各自の芸術活動に向けて自然や文化からインスピレーションを見出し、「ウェイズ・オブ・アース」のコンセプトをさらに練り上げました。
日置哲也氏は、陶土製造の専門家として働き、他の作家らを本質的にサポートする傍ら、自らの創作活動を通じて陶土素材との個人的で特別な対話に喜びを感じています。彼は、各々の種類の陶土に凝縮された自然の多様性を観察し、独自の実験的アプローチを用いて物質の独特な特性を明らかにします。
阿曽藍人氏は、文字を通じた意思疎通が始まる以前に人類が既に用いていた技術知である陶磁器づくりを、原始性と先進性を兼ね備えた表現メディアとして捉えています。彼は陶土が地球の一部であることを認識していることから、私達の根源的な感性や思想、想像力を刺激し、再び自然と繋がる作品づくりを目指しています。
ハウスオブアートで同時開催された「リキッド・アース」と題したネーマ・ユリア氏の大規模な個展は、美学、来場者案内、ガイドツアー、特別ゲストを迎えたレセプション、アーティストトークなど、あらゆる面で日置氏と阿曽氏の共同ポップアップ展との相乗効果を発揮しました。ネーマ氏は、自らの薪窯のなかで、バラトン高地の豊かな地質学的遺産を活かして何百万年もの火山の過程を再現し、その結果独特な色彩と表面を創り出しています。陶磁器のオブジェや幾何学的な彫刻、地形から構築されたパネル画は、その深層の自然の美しさを顕わにしています。「作家は、幾何学的抽象表現の精神のもと、磁器および炻器の作品制作に取り組み、その基本をなすフォルムは、火山性鉱物を由来とする釉薬が生み出す絵画的な特徴、色彩、質感をさらけ出し、その規則性や模様を明らかにします。彼女は、ありふれた形や地形の現象を描き出すことを意図的に避けています。その作品は、シンプルかつ自己同一的で、独自の均整感覚を駆使し、作家自らの手で連作として制作されています。(展覧会テキストより抜粋)
2023年5月の日本視察旅行を踏まえ、私達は以下のプロジェクトを提案しました。
現代的伝統
美濃における日本の陶芸の伝統と遺産が担う役割。
大御所の巨匠から若手の現代作家まで幅広い作品を網羅し、セラミックバレー美濃(多治見・土岐・瑞浪・可児市)の陶芸の伝統を披露することを目的としています。これらの世代を並列してスポットを当てることで、時系的な視点や、日本の工芸および芸術文化の独特な特徴である伝統を一新する懐の深さが浮き彫りになります。ハンガリーや西洋の伝統の捉え方や役割は、日本の考え方とは異なり、より曖昧かつ断片的です。日本的な方法は、はるかに有機的といえます。対照をなす精選された作品群は、欧州文化首都によって集まる観客にとって斬新かつ称賛に値するものとなり得るでしょう。
美濃焼の伝統的様式は、志野、織部、黃瀬戸、瀬戸黒というように、釉薬にちなんで名付けられています。なかでも志野焼の一例は、とりわけ興味深いものがあります。これは荒川豊蔵氏(1894年-1985年、日本国宝)による再発見で、それが西洋陶磁器に与えた影響は絶大です。失われた伝統の発見と復興は、まさにサクセスストーリーといえます。
- 巨匠・豊場惺也氏(1942年)は、荒川氏の三名の内弟子のうちの一人です。彼は食器や茶陶の分野に従事し、これらすべての様式を手掛けています。豊場氏の「うつわを愉しむ」展は、先頃まで岐阜県現代陶芸美術館で開催されていました。(2018年には、可児市指定重要無形文化財「瀬戸黒」の保持者に認定されています。)
- 前述の巨匠と対をなす比較的若い作家といえば、酒井博司氏(1960年)です。酒井氏は、梅花皮(かいらぎ)という質感に富んだ志野焼の名工で、藍色志野という独自の技法を生み出しました。
忘れられた知識や伝統を蘇らせた生きた手本といえるのが、巨匠・青山双溪(双男)氏で、彼は数十年にわたり、かの有名な白天目の秘密の解明に取り組んでいます。
候補となる併催イベント:ワークショップ、茶道、公開講演。
ご提案いただいた専門的パートナー(作家と作品の選定に必要な能力保有者):学芸員・林いづみ氏
候補となる日本側の協力パートナー:岐阜県現代陶芸美術館(館長・石崎康之氏、学芸員・林いづみ氏)、同館の収蔵コレクション、選出された作家らご本人。荒川豊蔵資料館(主任学芸員・加藤桂子氏、豊場惺也氏とご夫人の佳子氏)、青山双溪(双男)氏、沼尻真一氏、海老澤宗香氏、その他。
欧州文化首都の後援を受け実現したAIRプログラムのおかげで、多治見と東京とヴェスプレームに密接な繋がりが築かれ、私達の国際的知名度が高まり、欧州域外においてヴェスプレームの評判がより広く知れ渡りました。成功のうちに始動したAIRプロジェクトは、2024年の夏に欧州文化首都バートイシュル・ザルツカンマーグート(オーストリア)と国際陶磁器フェスティバル美濃との協働と、ヴェスプレームとウィーンと岐阜での新作の展覧会や専門的プログラム、ワークショップの計画とともに継続されます。
本プログラムは、欧州文化首都ヴェスプレーム・バラトン2023の一環として、岐阜県現代陶芸美術館とヴェスプレームハウスオブアートならびにバコニーバラトン・ユネスコ世界ジオパークのご協力と、EU・ジャパンフェスト日本委員会のご支援のもとに実施されました。