ボーダレスダンスアンサンブル:ダンスの街ノヴァ・ゴリツァ

西原 瑛里|ダンサー

私が初めてスロヴェニアへ訪れたのは2年前。MNダンスカンパニーとの出会いは、プロジェクト『イカロス(Icarus)』(2021)のオーディションでした。その日のことは鮮明に覚えていますし、この先も決して忘れることはありません。これまで数多くのオーディションを受けてきましたが、この時のオーディションほど充実感のあるものを経験したことはありませんでした。 数時間のオーディションの間に多くの素晴らしい作品が渡され、何としてもこのカンパニーと仕事をしたいと思ったことを覚えています。ですから、『イカロス』に受かった時は夢が叶った!と感謝でいっぱいでした。と同時に、誠意を込めて自分の持つ全てのエネルギーを捧げようと心に決めました。大変ありがたいことに、その翌年のプロジェクト『パーぺチューム・モビーレ(Perpetuum Mobile)』にも参加することが出来、カンパニーのアンサンブルメンバーに加わることが出来ました。 さらに2023年には、MNダンスカンパニー初の国境を超えた、国際的なダンスアンサンブルとして活動しました。このアンサンブルは、欧州文化首都ノヴァ・ゴリツァ・ゴリツィア2025の主要プロジェクト、『ボーダレスボディ(the Borderless Body)』の極めて重要な役割を担っています。

2023年の主な活動は、『ディスタンス(The Distance)』、『ボーダーレス・トリプティク(Borderless Triptych)』、『パーぺチューム・モビーレ』。『パーぺチューム・モビーレ』は、昨シーズンの再演でした。練習と回数を重ねることで、作品への理解がさらに深まるので、再演する時はいつも大きな手応えを感じます。今回は、初演とは違う場所、違うキャストでの上演でした。新しい環境は、私に新たな発見と可能性をもたらしてくれます。そしてそれは、作品をより良くするだけでなく、私自身の内面的な成長にも繋がると信じています。

Performance Photo: Perpetuum Mobile (Choreographed by Nastje Bremec Rynia and Michal Rynia)©︎Damir Ipavec

『ディスタンス』は、今年最大の長編イブニング・パフォーマンスのひとつです。距離という概念は現代社会特有のものであり、よく知られていることです。現代の生活様式とデジタル技術の導入により、人と人との接触は減少しています。人間の生活を向上させるための近代的な発明は確かに役立ちますが、同時に、何千年も前から確立されてきた生活様式、自然な生活パターン、生物学的リズム、人間の社会生活を妨害し、人間の肉体的・精神的健康を脅かしています。新型コロナウィルス流行の後期に特別な次元をもたらした「距離」は、人と人との隔たり、個人主義、現代社会にすでに存在する自分自身との距離を深めました。同時に、デジタル社会と人工知能の発展も加速させました。最近爆発的に台頭している後者は、人類の技術的進歩に新たな可能性をもたらすと同時に、現実との距離という最も危険な距離の形を助長しています。 現在のダンス・パフォーマンスは、差し迫った社会問題から距離を置くことなく、ダンスを通して、親密さ、という人間存在の本質に触れます。SNGノヴァ・ゴリツァとの共同制作でMNダンス・カンパニーは、国際色豊かなダンサーたちを起用し、欧州文化首都ノヴァ・ゴリツァ・ゴリツィア2025が掲げる、あらゆる距離を乗り越えて団結し、繋がるというモットーに貢献します。この作品は、ダンスだけでなく、私たちが将来直面するであろう問題についても深く考えさせられました。便利になっていく世の中で、これは本当に正しい答えなのでしょうか。人間同士の距離や社会生活はどうなるのでしょうか?また、テクノロジーと人間の距離とは?自然な生活とは何でしょうか?私にはまだその答えは分かりません。しかし、その答えをみんなで考えていく過程が、より良い未来に繋がっていくのでしょう。この作品は、MNダンスカンパニーだからこそ、そしてノヴァ・ゴリツァという自然に囲まれた街だからこそ、コンセプトから丁寧に作り上げられ、完成することが出来ました。この作品を観て下さった観客の方々が、私たちと同じような疑問を持ち、考え始めるきっかけとなれば嬉しい限りです。

『ボーダーレス・トリプティク/トゥ・ザ・ムーン・アンド・バック( Borderless Triptych – To the Moon and Back)』は、3人の振付家によるダンスの夕べです。人間の想像力は、「今、ここ」という概念、この世界、そして平凡な存在の可能性、それらを超越する人生についての観念に常に駆り立てられてきました。自分自身、人間の心身の限界、地球の限界を超えるにはどうすればいいのか。他の世界へ旅すること、どこかに存在するかもしれない他の知的生命体に出会うこと。その昔、人間は魔術や宗教的な習慣を通じて自分以外の生命と接触しようとし、科学を通して月に旅立とうとし、そして今日、ついに人間の心を超えるとされる人工知能を研究しようとしています。 未来に何が待ち受けているかは誰にも分かりませんが、人間が意識を広め、世界を知り、これまで知らなかった世界を発見する道を歩み続けることは確かです。 振付家ナスティア・ブレメク・リニア氏、ミハエル・リニア氏、フランチェスコ・ガミーノ氏、ルカ・シニョレッティ氏のトリプティークでは、欧州文化首都ノヴァ・ゴリツァ・ゴリツィア2025の一翼を担う国際的なダンス・アンサンブルであるMNダンス・カンパニーが、他のダンサーたちとともに過去、現在、未来へと旅することで、人間の到達点と可能性の限界を探ります。3つの異なるダンス作品を同時に踊ることは、私にとって大きな挑戦でした。作品が徐々に形になっていき、回を重ねるごとにさらに良くなっていく過程を見るのは、非常に充実した経験でした。もちろん、それなりのプレッシャーもありましたが、それ以上にやりがいのある仕事だったと思います。

Photo: Borderless Triptych ©︎Aljoša Kravanja

海外に住むことは簡単なことではありませんが、多くのポジティブな経験をすることが出来ます。言葉、食事、文化、宗教など、落胆させられる面も多くあります。しかし、多くの人と出会い、違いを感じ、理解しようとすることは、自分の世界を豊かにし、自身の可能性を大きく広げてくれると信じています。このプロジェクトは2025年まで続きます。それまでより一層このプロジェクトに打ち込み、MNダンスカンパニーと共にもっともっと素晴らしい作品を世界に発信していきたいと思います。最後に、このような素晴らしい機会を与えてくださったMNダンスカンパニーとEU・ジャパンフェスト日本委員会に心から感謝いたします。