コラム
Column他者と自身の視点や認識の違い
多様性が重要視される現代社会において、様々な視点が組み合わさった多面的なパフォーマンスは観客の目にどのように映るのか
本プロジェクトを立ち上げるきっかけとなったのはこの問いです。振付家として、私は常に「他者と自身の視点や認識の違い」に興味を持ち、その多面性を認識し、受け入れようと努めています。本作では、怒りという普遍的なテーマを通じて、社会的・文化的規範が個人の思考や行動に及ぼす影響を探究し、この感情の多様な在り方を観客に伝えることを目指しました。
様々な経験と背景を持つ人々と共に作品を創り上げるため、デンマークのアーティスト・クリスティーナ・ディケアと2018年に立ち上げた「mellem to(二つの間に)」プロジェクトの一環として制作に取り組みました。個々の個性が尊重され、異なる人々同士の共存が重要視される現代、パフォーマンスという媒体においてもその在り方を模索する必要があると感じました。異なる視点からの表現を同時に共存させる構造は決して容易ではありませんが、他者の存在を受容しつつ自らの主張を行う姿勢は、現代社会のダイナミズムを反映した擬似空間を生み出せるのではないかと考えました。
本作の発案にあたってインスピレーションを得たのは、「悲歌慷慨」という四字熟語と、「他者を尊重するため謙虚さを大切にし、感情や意見を直接表に出さず、察する」という日本の文化的規範です。
日々の生活の中で、私は怒りという強い感情が自身の行動に大きく影響し、私を突き動かす原動力となっていることに気付きました。時にそのエネルギーは物事を複雑化させますが、それは決して否定的なことではありません。怒りは何かに対する反応であり、その感情に善し悪しはないと考えるようになりました。
日本社会において、一般的に、怒りの感情は内に秘めるべきとされていますが、アンガーマネジメントという言葉が普及しているように、怒りに向き合う必要がある人々が一定数存在することも事実です。怒りは社会で表面化しにくい分、個々人がどのようにその感情を認識し、共に生きているのかを知る手立ては非常に限られています。親しい間柄でも話題にあがりにくいトピックです。だからこそ、私はこのテーマを探究する価値があると考えました。怒りは私たちの内面に深く根ざしており、それを理解し表現することは社会的にも重要です。こうした経緯から、私は怒りを創作の対象とし、この複雑な感情を作品を通じて表現しようと試みました。
制作における新たな挑戦・課題は、抽象性を維持しつつ作品のテーマを観客にどう問題提起できるかという点でした。私は最終的に、異なる国々の幅広い年齢層に対し、怒りについてインタビューを行い、作中にそれらをブラウン管テレビで映しました。内容は、どのような状況下で怒りを感じやすいかという単純な質問から、自身の怒りを視覚化するとしたら、それはどのような形状・性質かという観念的な質問まで多岐に渡ります。異なる文化的・社会的規範を持つ人々が日常においてどのように怒りと向き合っているのかを肉声で共有することで、本作のテーマである認識の多様性についてより広い尺度で提言することができました。そして、インタビュー対象者が話をする具体的な映像と、身体が織りなす抽象的な表現が高いコントラストをつくり出しながら共存し、より効果的なプレゼンテーションが行えたと自負しています。
また、今回の欧州でのプロジェクトにおいて、他の日本人アーティストとの協働は不可欠でした。なぜなら作品のテーマが日本文化の特色に起因しているためです。また、日本人としてのアイデンティティから生まれる緻密で憂いのある表現を作品に取り入れることで、私のイメージにより近い、効果的な演出が可能になると考えました。
舞台芸術における人体を用いた表現と提言には、他のジャンルにはない独自のポテンシャルがあると考えています。この将来性を持続可能なものにするには、社会との接点をどのように築くかが非常に重要です。私は、芸術活動を通じて現代社会のテーマ、特に私たちの生活に直接関連する問題を取り上げ、自身と他者との関係性を見つめ直し、多様性を受容することを目指しています。異なる意見や考えを持つ人々とどのようにコミュニケーションをとるかは、私の芸術活動の中核をなすものであり、異ジャンルとの協働も重要な要素です。
本プロジェクトを通じた挑戦は、その観点から非常に意義深いものでした。物理的な距離の隔たりや短い最終調整時間といったイレギュラーな状況下での創作プロセスには、振付家として反省すべき点も多々ありましたが、それでも私にとってはかけがえのない経験となりました。今回の取り組みは、各アーティストが遠隔で自身のアプローチを用いて個々のマテリアルを発展させ、最終的に一つの作品にまとめ上げるという非常に実験的なものでした。これは各アーティストの技量に大きく依存するものであり、新たな情報が次々に追加される挑戦的な環境とも言えます。しかし、見る角度を変えれば、この手法を取ることで物理的な制約から解放され、国境を越えてどこでも協働創作が可能になるということでもあります。
このように、本プロジェクトで採用した手法や幅広い視野でのコラボレーションに、私は大きな可能性を見出し、継続して挑戦していく価値があると感じました。これらの新たな発見は、活動の持続可能性という文脈で、「mellem to」プロジェクト発足時の理念である「長期的視野での活動」とも一致しています。
私は将来的に、パフォーマンスの公演にとどまらず、教育機関や諸施設などと協力しながら、我々のプロジェクトチームと現地のコミュニティ間でより広範な交流と相互作用を生み出す機会を模索していきます。また、日本の有望な若手アーティストを積極的に起用し、国際的な舞台に送り出すことで国際文化交流に貢献したいと考えています。私は、振付家としての作品制作にとどまらず、異なる文化や経験を超えて様々なコミュニティを結ぶ架け橋となることを目指しています。