コラム
Columnセントパトリックスデーにサムライ太鼓旋風
アート、パフォーマンスの世界をも混沌とさせたコロナ禍がようやく終わりを告げ、ここ、アイルランドでは様々なイベントが各所で行われるようになり、活気に満ち溢れています。私たちの『和太鼓xアイルランド』企画は、本来であれば欧州文化首都ゴールウェイ2020への参加を予定していましたが、コロナ禍に翻弄されながら、予定より3年遅く2023年3月、国民のお祭りセントパトリックスデーのダブリンメインステージ演奏で、ようやく最終地点に辿り着くことができました。
セントパトリックスデーはアイルランドに関わる全ての人々にとって、国の守護聖人の生誕を祝う特別な日です。国中がアイルランドのシンボルカラーである緑色に染まり、至る所でお祝いのパレードやイベントが行われます。中でも最大規模を誇るのは、首都ダブリンで行われるセントパトリックスフェスティバル(SPF)です。当日はダブリンの街はお祭りムード一色。フェスティバルの人出はコロナ禍以前の2019年は約45万人、ようやく何の制限もなく行われた今年2023年は50万人近いとも報道されました。街の中心地を練り歩くパレードの他、巨大な屋外特設舞台も設置されます。会場は1702年に建てられたダブリンの歴史的な建造物のコリンズバラック。かつては軍事施設としても利用され、現在は国立博物館である由緒あるこの場所が、私たちの和太鼓パフォーマンスの舞台となりました。
セントパトリックスデー当日も翌日の演奏日も生憎の曇り空と小雨で、観客の流れが舞台に向かわないという不安が募る中での太鼓搬入、出番待ちでした。ところが、日本から招聘したSamurai Music ZI-PANGのリーダー林田ひろゆき氏、メンバーの高橋ルーク、渡辺よしき両氏が登場した瞬間、ダブリンの黒雲が一気に動き出し、晴れ間が覗きます。そして、あれよあれよという間に巨大ステージの前に人だかりが出来ていきます。その後は、サムライ太鼓旋風が吹き荒れ、数千人近い緑の観客を一気に興奮の渦に巻き込でいきました。
地元ダブリンのエクスペリエンス・ジャパン太鼓チームの若きメンバーとSamurai Music ZI-PANGとの共演も、大人数で、ど迫力の和太鼓アンサンブルになりました。和太鼓の音とノリは国民のお祭りセントパトリックスデーにはぴったり。演奏と観客が一体となって、セントパトリックスデーのお祭り気分を最高に盛り上げました。観客ばかりか、フェスティバルスタッフ、フードコートの従業員、ボランティアの人々からも大人気となり、「来年もまたぜひ」「待っているからね」という声を数多く頂きました。
セントパトリックスデーの特設舞台演奏に先駆けて、林田ひろゆき氏率いるSamurai Music ZI-PANGと共に、日本語と日本文化紹介のための学校公演『和太鼓エクスペリエンス』も行い、アイルランド全国の高校を巡りました。1980年代以降、西欧では漫画、アニメ、ゲームなどの普及で特に若い人たちの日本や日本語に対する関心は大きいのですが、実はアイルランドは人口10万人あたりの日本語学習者数の割合がヨーロッパで最も高く 、その日本語教育のあり方は世界的にみてもユニークです。アイルランド政府の言語政策Languages Connectの下、現在全国30以上の高校で日本語が正規の言語科目として教えられています。また、アイルランドには中等教育のカリキュラムに、トランジションイヤー(TY)と呼ばれるユニークな学習年があります。これは、生徒が社会、学術、スポーツ、芸術様々な分野で広く学習体験を行い、人間的に成長する機会を得ることを目的とするもので、4年生時(中等教育6年制)の1年間にあたります。このTYでは、日本語と日本文化を学ぶことのできる短期コースを選択することが可能です。この短期コースでの学習者も合わせると、日本語、日本文化を体験、学習する高校生は年間5000人以上 にもなります。『和太鼓エクスペリエンス』は、アイルランドの中でも特に日本熱が高い高校11校(約800人対象)を訪問しました。オープニング、林田氏の桶太鼓の音がドロドーンと響き渡ると、どの訪問校でも一様に、ざわめきが一瞬息を呑む静寂に変わり、その後の迫力ある和太鼓の演奏に生徒が一気に引き込まれるのがわかりました。一曲演奏が終了する際には、大きな歓声が沸きあがり、高校生たちの興奮がこちらまで伝わってきました。また、林田氏と一緒に和太鼓演奏を体験するセッションは、全員参加で盛り上がり、大人気でした。和太鼓の重厚な音色とサムライ魂を込めたプロ演奏者のパフォーマンスのインパクトは絶大です。本物を直に体験することで生まれる素直な驚きと感動をアイルランドの高校生に伝えることができたと確信しています。
この学校公演『和太鼓エクスペリエンス』は、今後も毎年行っていくことができれば、若い世代と日本、太鼓を繋ぐ大きな役割を果たす可能性があります。定期的に開催を目指して、TYプログラムとのタイアップの道を探っていきたいと考えています。また、今回の学校公演は、TYプログラム史上初の他言語による体験文化プロジェクトともなり、今後のアイルランド教育界各方面での試みに大きな影響を与えることになりそうです。
私たちエクスペリエンス・ジャパンは一連の企画で、和太鼓を通してアイルランドの人々と音楽で繋がることを目指しました。しかし、これは文化交流にとどまらず、地域コミュニティ、教育、国際相互交流、日本文化普及と様々な角度から日本とアイルランドの関係を深めることに資するものだと考えています。今回、国民のお祭りセントパトリックスデーという大きな舞台で、多くのアイルランドの人々に太鼓を知ってもらい、ファンになってもらう機会を得ることができました。これは「和太鼓xアイルランド」の次章に向けての大きな前進となりました。
末筆にはなりますが、本企画に対し、コロナ禍という困難の中でも、状況に合わせた臨機応変なご対応、一貫したご支援を賜りましたEU・ジャパンフェスト日本委員会に、関係者一同より深く感謝を申し上げます。