コラム
Column人間のアイデンティティとしてのテキスタイル
二国間交流展の最初のコンセプトとして注目していたのが、「古代的未来」と「ダイナミックなルーツ探求」、すなわち現代や未来とのシナジーを放つ古代への回帰で、それは私達の世界や想像力の再発見を促します。日本とリトアニアの現代テキスタイルアートは、ある意味、過去や遺産や伝統の再始動、回帰、再構成、再定義、再創造を表す、成っていくものを映し出すとりわけ有力な領域といえます。本展では、未来の質感にスポットライトを当てる一方で、古代や神話、歴史の奥深くに没入しながら、現代のテキスタイル作品によって符号化された概念メタファーを顕わにすることを目指しています。
現代社会は、過密で不透明性に満ちており、常に何かが行き詰まっています。それならば、いっそのことソフトウェアのように「再起動」できないものでしょうか?「再起動」をクリックし、エラーの出ている実行中のプログラムを終了し、すべてを更新するのです。新しいことを何も発見することなくすべてを再起動し、ただ元の状態や形式を有効化するのです。それと同時に、日常生活の慌ただしさをストップし、原初へと時間をさかのぼり、すべての原点を振り返ります。こうした予兆は、現実との直接的な接触を求め、新たな意味のネットワークを創造する作品のなかに顕れているのです。
テキスタイルや織物は、日本とリトアニアの文化の創造性豊かでスピリチュアルな伝統において重要な位置を占めています。その一方で、カウナスと京都は、著名な現代美術の中心地でもあります。本展では、テキスタイルの実践を幅広く捉え、またテキスタイルを横断的、かつ超越的に探究し、活性化することで、表面とその表面下に存在する奥深い実体のすべてをひとつにします。本展は、さまざまなメディアや芸術、芸術的研究を織り交ぜることを可能にする、「テキスタイルの超越」と定義づけられる多様な相互関係の形式を盛り込み、人間および人間以外の生命や、脆弱な存在、緊迫した環境への懸念に関わる核心を突いた問いを投げかけることを目的としています。それは、テキスタイルを媒体として用いる創造的実践に関する最新情報を提供し、現代世界において素材の複雑性が立ち現れるさまざまなあり方に言及しているのです。
テキスタイルは、生命のプログラムのすべてを制御する包括的な「オペレーティングシステム」として、これらの作品に姿を現しています。それと同時に、それは儀式的な繰り返しや反復運動を特徴とする、最古のテクノロジーのひとつであることを再認識させます。織物は、文字以前の時代に存在した「記述」の主要媒体であり、それは地球、身体、物体と最も密接な関係にあり、生きている者の暮らしに織り込まれています。それは私達に、元となる物質に触れ、メディアやアートの定義が存在しなかった時代のその起源に立ち返り、あらゆる繋がりやアプローチを再考察するよう働きかけているのです。
日本とリトアニアのアーティストの作品は、私達の意識や想像力のプログラムを「再起動」し、現実全体に波紋を投げかけたと思います。これらのアーティストは、私達が現実により迫り、多元的な現実の表面に触れ、その表面下の奥深さを経験することを可能にする特殊な媒体としてテキスタイルを用いることで、私達のかつての経験を呼び起こし、他者の経験をより身近なものにし、あるいは他の経験の可能性を生み出したりしているのです。本展には、一貫した複数のテーマが存在し、それらは生まれ故郷での体験や主な天然素材と切り離すことのできない、自然と私達の関わりを含んでいます。人間とスピリチュアルな実践との関係と、日常生活のヴェールを超えて開け放つ高次の現実。身体的関係と衣服の下に潜む身体の感覚、これらもまた儀礼の舞の神秘へと私達を連れ戻すのです。
こうしたすべてに、人間のアイデンティティや記憶、相関性、継続性、変化に関わる問いが含まれており、それは異なる文化的伝統や文化的表現によって特徴づけられています。ところが、現在から浮かび上がる予兆がこれらをひとつにし、世界とのより密接な関わり、そしておそらく再生の可能性さえも提示するのです。
本展は、再結合と更新というプリズムを通じて読み取ることができます。日本とリトアニアの熟練と若手のテキスタイルおよび視覚アーティストは、来たる新しい未来に関するテーマとともに、記憶とその再我有化の問題を取り上げることで、対話の口火を切るよう求められています。ポール・ヴァレリー氏の言葉を言い換えれば、私達は後ろ向きに未来へ進んでいます。このことから、本展は、基本原理に回帰するという意味で、未来と過去、現代と原始主義を結ぶ既存の繋がりを示すことをねらいとしているのです。
現代日本とリトアニアのテキスタイル展「RESTART」は、日本との長期にわたる協働の結晶といえます。過去10年間に芽生えた二国の作家の友情は、カウナスで開催された数々の展覧会によって彩られ、日本の文化や芸術、そしてこの芸術分野の著名人物をご紹介しました。本展の主催者は、すでに日本人作家との将来的なコラボレーションを計画しており、バルト諸国(リトアニアおよびエストニア)のテキスタイルアーティストとタルトゥ(エストニア)在住の日本人アーティストを繋ぐことにより、日本人の作品をより幅広い観客に披露することを目指しています。