コラム
Column没入型文化:写真の旅
M.K.チュルリョーニス国立美術館(リトアニア・カウナス)にて、2023年6月29日から9月17日までの約3ヶ月間、千々岩孝道写真作家の写真展「ゆら ゆら」が開催されました。この展覧会は、千々岩氏の写真作品をリトアニアで初めて紹介するものでした。
千々岩氏は1976年佐賀県生まれ。写真家アイリス・ヤンケのアシスタントを経て、2008年にベルリンで初の個展を開催し、フリーランスの写真家として活動を開始しました。以降、様々な写真展に参加する傍ら、2015年にはフランス人写真家アントナン・ボルゴー、クレオ・シャルエと共に屋久島写真祭(YPF)を立ち上げました。
このプロジェクトのアイデアとイニシアチブは、独立キュレーターであるヨリタ・ルネ・シェジュダイテ氏によるものです。彼女は主にフランスで様々なヨーロッパの展覧会プロジェクトに携わっており、フランスの展覧会で千々岩孝道氏の作品に出会いました。その際、リトアニアで最も有名な芸術家の一人であるM.K.チュルリョーニス(1875-1911)との創作上の類似点に気づき、強い興味を持ちました。チュルリョーニスはリトアニアの文化的アイデンティティにとって非常に重要な存在であり、彼の創造的遺産を紹介する展覧会を美術館で開催することは、特に重要だと考えたのです。
千々岩孝道とM.K.チュルリョーニスは、1世紀以上の時を超え、異なる文化圏に属しながらも、自然に対する深い共感と、海という共通のモチーフを共有しています。この展覧会は、リトアニアを代表する巨匠と現代日本の写真家という、異なる時代と文化背景を持つ二者を結びつけ、海や水という普遍的な自然要素、そしてその深い象徴性を軸に、繊細な対話を実現しました。展覧会タイトルに2つの言語の同音異義語を用いることで、このアーティストと国を超えた対話がさらに強調されています。
このプロジェクトと展覧会は、日本の現代写真家の興味深く貴重な作品を紹介するだけでなく、リトアニアと日本の文化的な共通点、自然への深い敬意と密接な関わりを明らかにしました。古代の杉林に覆われた離島からの眺めは、屋久島の自然遺産の壮大さを伝える機会となり、屋久島の環境に関する知識をリトアニア、そしてより広くヨーロッパに広めることに貢献しました。
千々岩孝道氏による45枚の瞑想的な写真は、屋久島の海岸線と海、そして島の風景を捉えています。作家が特別に制作したビデオ作品では、屋久島の海岸の景色が映し出され、島の音 – 雨音、波の音、水音、風音 – がサウンドトラックに録音されています。これらの要素は、屋久島の自然を構成する杉の小枝、サンゴ、シダの小枝、花崗岩の岩に加え、ディフューザーから漂う屋久杉の香りによってさらに強調されています。これらの要素が織り成す魅惑的な物語は、日本の離島への独特な旅へと誘います。展覧会のビジュアル資料は、キュレーターのヨリタ・ルネ・シェジュダイテ氏のテキストやアーティスト自身の言葉だけでなく、M.K.チュルリョーニス、三島由紀夫、方丈記などによる海についての洞察に満ちた引用によって補足されています。
展覧会は、尾﨑哲 在リトアニア日本大使のスピーチによって幕を開けました。展覧会初日には、アーティストの千々岩孝道氏とキュレーターのヨリタ・ルネ・シェジュダイテ氏による特別ツアーが行われ、在リトアニア日本大使をはじめとする来場者を迎えました。写真愛好家や専門家にとって、作家自身が作品について解説し、創作過程を具体的に説明し、技術的な観点から解説する様子は、貴重な体験となりました。
展覧会は、数ヶ月の間に19,396人の来場者を迎え、大変好評を博しました。ソーシャルメディア上でも多くの好意的な反応が寄せられ、展覧会の持つセラピー的なリラックス効果、イメージ、サウンド、そしてテーマが、来場者のより深い自己意識を加速させるというコメントも見られました。特別イベントとして開催された高齢者向けのアートセラピーでは、参加者は絵を描くだけでなく、日本の俳句にも挑戦しました。
展覧会に際し、カタログが出版されました。このカタログでは、千々岩孝道氏とM.K.チュルリョーニスの作品に見られる視覚的モチーフの象徴性や、日本とリトアニアにおけるこれらのモチーフの発想の類似性などを詳細に紹介・比較しています。リトアニア語、英語、日本語の3ヶ国語で作成されたこのカタログは、展覧会の理解を深め、その魅力をより多くの人に伝える役割を果たしています。
千々岩氏は数点の写真を美術館に寄贈し、国立M.K.チュルリョーニス美術館の写真と東洋美術のコレクションに貢献しました。このプロジェクトは独立して実施されましたが、リトアニア独立以降、M.K.チュルリョーニス国立美術館と日本人アーティストとの長年にわたる協働関係が継続されていることは明らかです。今回のプロジェクトは、異なる国同士の美しい協働関係を具現化し、イメージ、距離、文化の境界を越えたつながりを明らかにしました。