1001枚の紙が紡ぎ出すお伽噺

ルーベン・ザーラ|サウンドスケープ コンポーザー・ディレクター・プロデューサー

『ソルタイス』は、朗読、音楽、ダンス、紙芸術、映像を含む領域横断型の作品制作を通じて、子供達とプロの芸術家を結ぶ作品です。スザンヌ・フェリーツィタス・ヴォルフ氏が書き下ろしたこの物語は、オーバーエスターライヒ州の民話、特に岩塩坑と氷の洞窟から着想を得ています。作曲家で演出家のルーベン・ザーラの描いた構想には、折り紙の技法や紙の立体造形物、ペーパーエンジニアリングを応用した衣装や小道具、舞台美術の主要素材として、紙が採用されています。その舞台演出の現代的美学は、音楽やシルケ・グラビンガー氏の振付によるダンスにも反映されています。

『ソルタイス』は、山で岩塩の採掘を営む両親を助けるカタリーナと弟のマーティンの冒険を追う物語です。岩塩坑での事故で父が身体を患い、二人の姉弟は、父の健康を取り戻すため、「生命の花」を求めて探求の旅に出発します。その冒険の道中で、彼らはフラウ・ペルヒタという名の魔女や子供達を助けるホラアナグマ、前途を阻む悪役のアルプスに棲む大蛇ベルクシュトゥッツェンなど、複数の登場キャラクターに遭遇します。この旅は、氷と塩の山の魔法の国や氷の宮殿、氷の雲、そして遂に生命の花へとカタリーナとマーティンをいざないます。このお伽噺の風景は、ナレーターによって披露される紙の立体造形物を通じて表現され、パフォーマンスの舞台背景として映し出されます。

『ソルタイス』は、折り紙や紙の立体造形物、その他の紙芸術の技法が紡ぎ出す独特な美学を特徴としています。ファッション業界に携わり、「ウェアラブルアート」を生み出す折り紙の技法を専門とする日本出身の加藤かおり氏、幾何学的な折り目を動きのある変形可能な立体キネティック造形作品に変容させるウェールズ出身のポリー・ヴェリティ氏、近年ロサンゼルスのVESアワードにノミネートされ絶賛を浴びるドイツ出身のポップアップペーパーアーティストのペーター・ダーメンの国際的に名声高い3名のアーティストが、本作のためにオリジナル作品の制作委嘱を受けました。これらの作家は、ルーベン・ザーラとともに、折り紙のミニマルで本質的な美学が織りなす子供達のためのオペラ作品を創り上げたのです。

The Salt Mountain. Paper pop-up sculpture by Peter Dahmen © Pascal Hurlbrink

作曲家で演出家のルーベン・ザーラは、2016年にEU・ジャパンフェスト日本委員会より日本に招聘された際、この革新的なコンセプトを創案しました。日本滞在中、折り紙から着想を得た手法を応用しウエアラブルな紙の立体造形物を制作する日本人アーティスト加藤かおり氏の作品と出逢い、この発想をきっかけに異なる紙芸術の技法を調査し始めました。この概念に触発されたザーラは、新たな音楽演劇プロジェクトに向け、その後2年間を費やし、多様な紙芸術の技法を探究しました。2018年に、欧州文化首都バートイシュル・ザルツカンマーグート2024のソニア・ツォベル氏から、岩塩坑と氷の洞窟の物語を伝える子供達のための新作オペラの制作委嘱のお声がけがあった際、ルーベンは、紙芸術の美学的特質がこのナラティブに理想的な媒体であると感じました。この構想が承認され、ルーベンは、欧州文化首都バートイシュル・ザルツカンマーグート2024より、作曲と本プロジェクト全体の指揮と運営を任されたのです。

『ソルタイス』の脚本が完成し、ルーベンは、各アーティストと作品に関する話し合いを開始しました。ペーター・ダーメン氏の紙の立体造形物がパフォーマンスの舞台背景を創り出す一方で、ポリー・ヴェリティ氏が衣装一式を展開しました。加藤かおり氏の役割は、アルプスの大蛇ベルクシュトゥッツェンを表現するためにダンサーが身につける紙の立体造形物の制作でした。当初のアイディアのひとつが、ダンサーの首に提げる作品の制作でした。しかしこれでは、蛇の役柄を演じるダンサー同士の連続性を生み出せませんでした。最も適したデザインとなったのが、大きな帽子として着用できる一揃いの彫刻でした。かおり氏が制作した複数の赤い帽子は、ダンサーが被ることで、モジュラー化された蛇の美を醸し出しました。これらの帽子は、折り紙の折り技法を施した赤い紙で出来ています。またこれらの帽子には、動力的特性があり、逆さにしたり多様な形状に変形したりも可能です。オーストリア出身の振付家シルケ・グラビンガー氏は、かおり氏の帽子を駆使したベルクシュトゥッツェンの振付を制作しました。この振付では、8名のダンサーが各自赤い帽子を被って登場しました。かおり氏は、2024年2月24日、ラアーキルヒェンで開かれた本作のプレミア公演に招待され、出席しました。

『ソルタイス』は、2024年2月24日から25日にかけて、3回上演されました。全公演が完売となり、観客ならびに報道陣からは非常に好意的な反響をいただきました。

(前略)視覚的に息を呑む美しさのダンスシーンの数々(中略)、ドイツ人作家スザンヌ・F・ヴォルフ氏の物語は、マルタ人作曲家ルーベン・ザーラ氏によって、多彩な音楽的お伽噺へと発展しました。(クローネン・ツァイトゥング紙、2024年2月25日)

(前略)『ソルタイス』は、折り紙と紙の立体造形物、音楽、ダンス、映像が繰り広げる魅惑的なインタープレイが、子供達のみならず両親をも夢中にしました。(ザルツブルク・ナーヒリヒテン紙、2024年2月25日)

Bergstutzen – paper sculptures by Kaori Kato © Pascal Hurlbrink

『ソルタイス』の制作チーム一同、本プロジェクトの芸術的卓越性のレベルに大変満足しています。本作は、アウトリーチ的側面を強く打ち出した国際巡回公演を容易にするよう構想および企画されました。舞台制作に同行するのは2-3名のアーティストのみで、その他のアーティストは、開催都市からの参加となります。

・現地の児童合唱団およびダンス学生
・現地の合唱指導者/指揮者
・現地の弦楽四重奏楽団およびパーカッショニスト1名
・現地の女優

衣装と小道具と舞台美術を詰め込み、スーツケースひとつで移動可能な作品『ソルタイス』は、開催国の子供達と地元および海外のアーティストを結ぶことねらいとしています。現代音楽やコンテンポラリーダンスの刺激的なリハーサルスケジュールを経て、マルチメディアパフォーマンスに発展した本プロジェクトは、常に開催国の母国語で上演されます。今後は、本作をフェスティバルや劇場にアピールしていく方針です。当制作チームは、すでに他の欧州文化首都にアプローチをしており、またルーベン・ザーラがRESEO(欧州オペラ・音楽・ダンス教育ネットワーク)に加盟し、欧州全土のオペラ劇場の教育プログラムの領域内で本プロジェクトの推進を図っています。