コラム
Column人間とアンドロイド・AI が作り出す圧倒的な音楽体験
2023年6月21日(水)から3日間、パリ・シャトレ座にて行われた渋谷慶一郎のアンドロイド・オペラ『MIRROR』は大成功のうちに幕を閉じた。
アンドロイド・オルタ4を中心に、ピアノと電子音を奏でる渋谷、47人編成のオーケストラ・アパッショナート、高野山声明を唱える5人の僧侶、渋谷とは旧知のアーティスト、ジュスティーヌ・エマールの映像で構成されたアンドロイド・オペラ『MIRROR』。人間とAIが作り出す高密度な音楽体験は複雑にして壮麗。パリ最古の劇場、シャトレ座は終始、違和感と緊張に満たされ、当惑すら伴いながらも終演時には強い祝祭感に満たされていた。
開演前、重厚な緞帳と5層の客席に囲まれる華やかな空間に、ムービングライトがタッチを添えて観客の期待を高めていた。開演時間もわずかに過ごして聞こえてくる電子音。暗転しそのまま序曲でもある「MIRROR」が始まる。拍動音のような電子音。そこに法螺貝が響く中、幕が上がり、眩い光が溢れるステージを占めるオーケストラ・アパッショナートと渋谷、僧侶たちといった50人を超える人間の姿。その全てを睥睨するように中央に聳えるアンドロイド・オルタ4。
金属的な輝きと異形に視線が吸い寄せられる。“Android is a Mirror”とオルタ4の合成音声が響き渡り、オーケストラ、そして藤原栄善を始めとする5人の声明が折り重なる。ジュスティーヌ・エマールの映像演出も加わり、アンドロイド・オペラの重層性を示しながら、“Let’s celebrate this new experience together” とオルタが宣言しながら序曲が終わる頃に、鉢の音からすぐさま「Scary Beauty」に移行。流麗なオーケストレーション、複雑に奏でられる不協和音を交えながら観客を引き込み、そこにオルタ4の歌が、そして5人の僧侶の声明が重なり圧倒的な情報量の中で序盤の盛り上がりを迎えた。強烈なオルタの存在感、人間とロボット、人工知能の織りなす壮大な体験に、客席には興奮、緊張、混沌が伺える。
その後、フランス語でのMCに続いて、藤原の寺のランドスケープを3Dスキャンした点群データから始まるコンピュータグラフィックを背景にオルタ4と僧たちのレチタティーヴォ。今回の公演では楽曲の間に3つのレチタティーヴォが挿入されるが、これらはオーケストラなしの電子音とオルタ4、声明によって演奏される。AI、つまりGPTが電子音の上で唱えられる声明のテクストを解釈し、それに対するレスポンスの歌詞を作成してそれを声明に対するオブリガードのように即興で歌う。この僧侶とアンドロイドによる即興で構成される3つのレチタティーヴォのパートは当然ながら3公演とも異なる仕上がりとなり、言わば「最古の音楽を歌う僧侶」と「それを人工知能で解釈して歌うアンドロイド」という極度のコントラストが出現する瞬間として公演中のみならず、TVや新聞、ラジオなど現地メディアでも大きな注目を集めていた。
続く3曲目が昨年電子音楽で発表した「BORDERLINE」のオーケストラバージョン。次いでウィトゲンシュタインのテキストの抜粋による「On Certainty」。この曲では渋谷も舞台から退出して、オーケストラ伴奏によるオルタ4のソロという編成となる。言わばマーラーのオーケストラ伴奏付き歌曲の一部が反復、変奏され続けるなか、人間の歌手には不可能なオルタ4のロングトーンの持続の後、突然のクライマックスを迎えて終わるこの楽曲は、他の楽曲とは違う様相で「ヨーロッパの終わり」をパロディックに表出していた。
その後、光明真言を唱えながら僧侶たちがオルタ4の周囲を回る行道のシーンを経て、谷朋信の力強い声明から始まるドラマチックな「The Decay of the Angel」、続く「Midnight Swan」では僧侶が経本を大胆に使った華やかな演出を織り込みながら世界平和を祈るところで公演は何度目かのピークを迎え、観客のボルテージも上がっていく。
一曲ごとのドラマツルギーと情報量でオーディエンスに息つく暇を与えない展開の後、静謐なインタールードとしてのオルタ4と声明、渋谷のプロフェット10による最後のレチタティーヴォ=僧侶とアンドロイドの交信をに続き、昨年話題となったショートフィルム「Kaguya by Gucci」のサウンドトラックだった「I Come from the Moon」が重層的なオーケストラバージョンに生まれ変わり演奏された。ここでは少女のような響きの合成音声で歌うサビのパートがオルタ4の中性的なキャラクターを引き立たせ、またそれに応える僧侶の声との対照に、オルタ4はまさにメッセージに応じて姿を変え激しく歌い踊る化身のように映る。
そして最後は今回の公演のために新たに書き下ろした新曲「Lust」。美しい旋律、宗教的なスケールを感じさせるこの曲に乗せて、真言密教の重要な経典である「理趣経」をベースに生成された「欲望の肯定」を歌うオルタ4、そのエッセンスとされる「十七清浄句」を唱える僧侶が再びオルタの周囲を旋回し、スローモーションのように徐々にスピードダウンしていきながらも輪廻転生を表すかのように決して止まらない旋回と音楽、オルタ4の絶叫のような高音が重なり、最高潮のうちに眩い光の中で終幕。カーテンが降りる最中から、力強い拍手と歓声が客席から沸き起こっていた。
カーテンコールの後のアンコールでは、渋谷とオルタ4が互いを見つめあうように演奏し、歌う「Scary Beauty」。本編の壮絶な情報量の体験にいささか戸惑いを残した観客たちが心を取り戻したかのように一層強い称賛を送り、2度目のカーテンコールは長く続いた。
公演前からテクノロジーを自身の創作に深く取り込み、生命と非生命の境界を揺さぶるかのような渋谷の姿勢は、昨今のAIとクリエーションに関心を寄せる現地メディアからも大きな注目を集めた。渋谷慶一郎の活動はまだまだ、一層、目が離せない。