コラム
Column未来の舞踊評論を本気で変えるための養成→派遣プログラム
●前代未聞のプロの舞踊評論家養成プログラム
現在世界的に若いダンス評論家の育成プログラムが盛んに行われている。しかも劇場やフェスティバルなどが自主的に音頭をとって次の世代の評論家を育てている。しかしアーティストに比べ、舞踊評論家を教育し育てるためのプログラムはほとんど顧みられることがなかった。特に日本においては壊滅的である。
この「舞踊評論家[養成→派遣]プログラム」は、プロの舞踊評論家を養成するための、おそらくわが国初の、実践的なプログラムである。全国から公募した中から5人を選ぶ。半年かけて舞踊評論家の乗越たかおが考案したプログラムを受け(自ら身体を動かすGAGAも含む)、最終的には2人を海外の国際ダンスフェスに派遣しようというのだ。我が国においては前代未聞といっていい。
乗越たかおが受講生二人とともに海外フェスへの派遣される費用については、EU・ジャパンフェスト日本委員会が支援を確約してくれた。また公募から講義についてはDance Base Yokohamaが共同主催として全面的に協力してくれた。
公募を告知した乗越たかおのTwitterの記事(2023年4月9日)は累計12万ビューを越え、ステージナタリー(2023年4月11日)等でも広く告知され、『ダンスマガジン』を発行する新書館のウエブマガジン『バレエチャンネル』では乗越へのロングインタビューが掲載されるなど(2023.05.26)各方面で大きな話題となった。
応募のための課題公演は、世界で最も注目される一人、クリスタル・パイト 率いるキッドピボット 『リヴァイザー /検察官』が指定された。
最終的に選出された5名は、ロンドン在住のベテランのバレエライター、現役の大手新聞記者、建築家、神戸のダンスハウススタッフ、大学院生と、多様な背景を持つ、しかしいずれも能力の高い書き手が選ばれた。
本プログラムはよくある「書き方教室」ではなく、プロの舞踊評論家として自分のスタイルを発見するためのものだ。
地方在住者はZoomで参加もできるが、第一回目だけは全員集合が必須。なぜならいま世界中で行われている身体メソッドGAGAを受けてもらうためだ。評論家は書くだけではなく、身体を知らねばならない。講師は、GAGAを考案したオハッド・ナハリン のバットシェバ舞踊団 アンサンブルに所属していた柿崎麻莉子 。最高の講師の一人である。
またおりから話題になっているchatGPT時代に対応するため、人間が作成したものだとしてchatGPTの舞踊評論を評論してもらったりした。
ほかにも実践的なトレーニングを経て力をつけると共に、乗越から「プロの評論家としての矜持」「世界のダンスの最新情報」などを伝授した。
またこのプロジェクトに賛同した、日本国内の国際ダンスフェス(『踊る。秋田』、『北陸ダンスフェスティバルDX』『ヨコハマダンスコレクション』)や、DaBYが関わる公演に、受講者を招待してくれた。受講者はフェスのレビューを書いて、内容をフィードバックさせた。
5回に渡る講義を終えた受講者からは
「これまで「新聞社のスタイル」という閉ざされた世界での正解にとらわれていたことを自覚させてくれ、快感でした」
「乗越さんの講義からは、舞台批評にはジャーナリズムとクリティークを横断するようなフットワークの軽さが欠かせず、アクチュアルな視点を常にキープするには高い機動力が必要だと気づかされました」
等の声が寄せられている。
さらにこのプログラムの評判は海外にもおよんでいる。香港ダンスエクスチェンジとマカオの「詩篇舞集」という二つの国際フェスティバルから2024年に本プログラムについての講演を依頼されている。
●スプリングフォワードのダブリン、ダルムシュタット
このプログラムの目玉の一つは、世界のダンスに直接触れて見聞と人脈を広めるため、受講者から2名を海外のフェスへ派遣することである。
派遣先に乗越たかおが選んだのは、以前ピルゼン大会に参加したスプリングフォワード(Aerowaves’ Spring Forward Festival)である(開催都市は毎回変わる)。ここにはヨーロッパ中から才能の原石が集まる。評価の固まったベテランではなく、評論家は自分の眼力にかけて新しい才能を発掘していくトレーニングになる。最高のフェスである。
2023年4月に乗越たかおは同フェスのダブリン大会へ参加して、共同ディレクターのロベルト・カサロット とエリザベッタ・ビサーロ と打ち合わせをした。彼らは本プログラムに深い理解を示し、全面的な協力を約束してくれた。心から感謝している。この渡航費もEUジャパンフェスト日本委員会のパスポートプログラムの支援であり、詳細は別のレポートにまとめてある。
第1期生はいずれも実力があり、優劣はない。
スケジュールの問題、本人の希望、そして乗越の総合的な判断により、2024年の開催地であるドイツ・ダルムシュタット へは林愛弥 ・植村朔也 の両名を選出した。EU・ジャパンフェストの支援により2024年3月19日~21日、現地で取材する予定である。
その成果はレポートにまとめ、帰国後に報告会を開催することも予定されている。
さてなによりも心強いのは、EU・ジャパンフェスト日本委員会が、
「舞踊評論の10年後、20年後を見据えて、5年10年スパンで若い評論家を海外に送りましょう」
といってくれていることである。
さすがにEU・ジャパンフェストは長年多くのアーティストを支援してきただけあって、芸術を育てるには時間と継続性が大切なことをよく理解されている。多くの助成金が単発に終わる中で、本当に確実な視座に基づいて支援してくれている。
このプログラムが10年間続けば、プロのための講座を受けた人が50人、海外取材を経験した若い評論家が20人になる。舞踊評論の世界を変えるのには十分な数である。このプログラムは、若い書き手に、リアルな希望を与える存在であると自負している。