和の響き

森田友子|ミネルバ日本センター 代表

日本語学習者たちが勉強を始めたきっかけとして、ここ数年はアニメ関連がトップを占める。しかし、突き詰めていくと、その日本語の響きに魅了されて好きになった生徒が少なくない。母音の多い言語は響きが優しく、子音だけで発音されることがほとんどない日本語は美しい言語とされる。

今年、ミネルバ日本センターでは、日本の四季折々の行事、五節句を紹介し、日本の伝統文化に触れてもらう「花鳥風月プロジェクト」を企画した。言葉には文化がしみ込んでいる。日本語を学ぶことで日本の文化を知ることができる。しかし、逆も然りで、芸術文化に触れることでその言語の理解度はより深まり、相乗効果で言葉と文化を更に掘り下げていくことができる。

正月の書き初めでは、書道のプログラムを開催した。基本的な技術を学ぶだけでなく、書道は集中力や忍耐力、美意識など、精神的な要素も身につけることができる芸術だということを知った。三月桃の節句では、俳句を詠んで、日本語の季語について学び、新たな自然の味わい方を勉強した。ひな人形を愛でながら、おいしい日本茶をインストラクターに淹れてもらい、茶歌舞伎の遊びも体験した。五月の端午の節句のこどもの日のイベントでは、琴や三味線、篠笛の音に親しんだ。ワークショップでは小さなこどもから大人まで、たくさんの人が和楽器の演奏にトライし、日本人和楽器グループとヴェスプレームのモダン音楽センターのセッションを試みて、音楽を通じた国際交流で伝統楽器の未来も考えた。こうして、七夕祭りの太鼓コンサート、和の響きを十分に楽しむ為の予備知識を身につけていった。

願い事を書いた短冊 © Csaba Toroczkai

七月七日、いよいよ当日、日本語学習者たちは、着付けワークショップで学んだ浴衣姿で会場入りし、ホールに設置された笹に前もって作っておいた折り紙の飾りや祈りを書いた短冊をくくりつけ演奏を待った。会場には250人以上の観客が入り、追加のいすも搬入された。これまで見たことのない大きな太鼓を目の前に、多くの人がカメラを向けていた。当然、観客の殆どは和太鼓そのものにも出逢ったことがない。彼らにも太鼓という芸術を十分に楽しんでもらえるよう、即席ではあるが、コンサートの始まる前のあいさつの中で、七夕祭りとは何か、日本人にとって太鼓とは何か、和楽器の歴史などを説明し、コンサートを聴く準備をしてもらった。こうして、Taiko-ist TAKUYA(谷口卓也氏)の七夕太鼓コンサートは天の川まで届くほどの拍手喝采で幕を閉じた。

3日後、コンサートの様子は新聞の文化面で大きく取り上げられた。正直、ここまで伝わるものなのかと驚いた。余談だが、ハンガリー語には母音が14存在する。日本語を学習し始めの、これらの母音を聴き分ける耳を持つハンガリー語話者からは、今私の発話した”う”は、一体どちらの“う”なのか必ず問われる。私にとって“う”は一つしかないのだが、ハンガリー語には“う”が4つあって、明確に判別できてしまうので、曖昧な“う”では困ってしまうというわけだ。こんな耳を持ち、音楽鑑賞が日常のハンガリー人だから、音の奥の音まで聴きとれたのかもしれない。記事では、音の奥の文化について、和太鼓が奏でる音の響きが日本ではどのような存在なのかも言及されていた。

満席の七夕祭コンサート会場 © Csaba Toroczkai

七夕祭りを素晴らしい芸術で魅せてくれた太鼓奏者Taiko-ist TAKUYAは、現在ドイツのミュンヘンに拠点を置いて活動されている。3歳から和太鼓に興味を持ち、小学校低学年で和太鼓集団「天龍太鼓」に入会、作曲および演奏活動を始め、2002年7月、メンバーと共に「ウィーン国際青少年音楽祭」に招聘されウィーン市特別大賞を受賞した。2003年、和太鼓の第一人者、林英哲の主宰する「英哲風雲の会」のプロオーディションに合格し、「国際太鼓フェスティバルエクスタジア2003」にも出演、プロデビューする。ソロとしても歌舞伎やヨーロピアンジャズ、津軽三味線、ピアニストなどジャンルを超えたコラボレーションを展開し、和太鼓の枠にとらわれない新しいスタイルを創造し続けている。

ミネルバ日本センターは、昨年の欧州文化首都SAKURAプロジェクトでEU・ジャパンフェスト日本委員会の支援を受け、ヴェスプレームに日本庭園を造園した。今年のクロージングイベント、九月の菊の節句では、この日本庭園で、アーティスト関係者のミーティング茶会を行う予定だ。ここでは、伝統日本音楽(和太鼓や三味線)と現代ヨーロッパ音楽(ジャズやオーケストラ)とのコラボイベントについても話し合われる。

最後に、七夕祭り・太鼓コンサートは、EU・ジャパンフェスト日本委員会の継続事業として、国際交流基金ブダペスト日本文化センター、Nissin Foods社からの支援で実現した。協力頂いた現地の機関、ミネルバ・オルタナティブ教育基金、ハウス・オブ・アーツ現代美術館にも心から感謝の意を表したい。ミネルバ日本センターは、欧州文化首都ヴェスプレーム・バラトン2023であり、ユネスコ音楽都市であるこの街で、今後も様々なホンモノの日本芸術文化イベントを企画し、和を響かせていきたいと思っている。