あいだのカメレオン

orangcosong |Photo: KATO Hajime

この先どうなるのかなんて誰もわからない。そんな不安定な時代において、クルクルとカメレオンみたいにわたしたち(orangcosong)は色を変えていく。「芯はブレてない」とでも言えればカッコいいけど、それもわからない。流動体生物のような……。

 日本では、2021年の秋頃から行動制限が緩和された。1年半におよぶ自主的な隔離生活とオンラインでのいくつかの実験を経て、orangcosongは家の外での活動を再開した。日本国内のいくつかの町で、いろんな人たちと会った。スクリーンを介在せずに時間と空間を共有すること、以前は当たり前だと思っていたそれはフレッシュな体験だった。人間は物質として存在していて、空間に重力のひずみを生み出している。そのひずみがまた別の誰かを引き寄せる……。「モビリティ」と「グラヴィティ」という概念はわたしたちのキーワードなのだけれども、オンラインよりもオフラインのほうがそれらを感じやすいのは事実だ。

 11月。東京での『筆談会 これより先、無言』では、会場に長いロール紙を置いて、訪れる人たちと筆談のみで会話を交わした。参加者は出入り自由。5日間、計36時間で、50メートルのロール紙を2本使った。完全なる沈黙の中で、ペンが走る音だけが聞こえ、紙の上に不思議な時間が流れていった。

『筆談会 これより先、無言』 Photo: TAKAHASHI Kenji Photo courtesy of Tokyo Arts and Space

 12月。横浜での『Good Morning, Yokohama in YPAM Fringe』では、YPAMフリンジセンターの一角を占拠して、横浜で活動する人々をゲストに呼んだ。事務局と交渉して場所を借りたとはいえ、感覚としてはジャックに近かった。毎朝の「公式な」プログラムが終わった後も、断続的に夜までボードゲームや雑談に興じて、YPAMスタッフや来訪者や近所の人を巻き込んでいった。

 これらの企画は「あいだ」の領域にあった。作品/プロジェクト、アート/ゲーム、仕事/遊び、パブリック/プライベート、プロフェッショナル/アマチュア、目的/無目的、社会的/反社会的、参加/逸脱……。そうした「in-between」の領域では、強固な価値観は溶け落ちてしまう。

 あらゆる人々は現在、オンラインとオフラインのあいだにいるわけだけれども、どちらか一方だけを選択することは今後もおそらくありえない。オフラインの場所で上記のようなプロジェクトを行っていた時も、これは暫定的な雪解けにすぎないかも、という考えが消えることはなかった(2022年1月には、日本のいくつかの都市で行動制限が再開されている)。制限の理由はウイルスだけとはかぎらない。自然災害や政治状況もその理由になりうる。

 こうした不安定な「in-between」の世界は、生きていくのは大変だが、一方で、これまで強固だった何かが溶けていくチャンスにもなっている。例えば日本でも都市部を離れて生活する人が増えているように、かつて固定化されていたモビリティとグラヴィティの関係は、流動化し、再編成されようとしている。実際、長期にわたるステイホーム生活の中で、世界中の人々がそこに可能性を見たはずだった。新しい社会、新しい世界、新しい芸術の可能性を……。強固なひとつの価値観が支配するよりも、多様な価値観のあるやわらかい社会のほうがヒトに優しい。少なくともわたしたちはそのほうが生きやすいし、息をしやすい。だからわたしたち自身のアイデンティティについても、強固に構築するのではなく、溶かし続けていくほうがいい。

Good Morning, Yokohama in YPAMフリンジ

 orangcosongという名前は、インドネシア語のorang(人)とkosong(からっぽ)にインスパイアされている。からっぽの人。プロジェクトごとに誰かと結びついてチームを立ち上げるとはいえ、orangcosongそれ自体はからっぽな器のようなものだと思う。何年か活動していくとその器にも肩書きやキャリアが蓄積していくのだけれども、器としては、からっぽのほうが美しい。だからプロフィールやCVを書くたびにディレンマに襲われる。全然からっぽじゃない……!

もちろんわたしたちは過去のプロジェクトやその経験のひとつひとつに愛着を持っているし、そこでコラボした人たちとの記憶をよく思い出したりもする。ただそれらが固定化したり、権威のようなものと化してしまうことは望まない。わたしたちは流動的でいたいし、たとえどんなに経験を積んだとしても、初めて異国の地を踏んだ時のあのフレッシュな気持ち──好奇心、畏れ、喜び──は忘れないようにしたい。

 一方で、orangcosongの活動を知ってもらうことで、本当にそれを必要とする誰かに届く機会も生まれるかもしれない。だからこそこのエッセイも投壜通信のつもりで書いている。でもその「誰か」とは誰のことだろう?

 わたしたちは、遠い世界に連れていってくれる「白馬の王子様」を待っているわけではいない。王子様ではなく、信頼できるパートナーと出会いたい。新しい社会や、世界や、芸術について語り合ったり、一緒に何かをつくったりできる人。そして、まだ見ぬ「誰か」へとわたしたちの活動を繋ぐ人。連絡をください。そしてまずはオンラインでカジュアルな雑談でも。その雑談がいつか実を結ぶ可能性を探りながら……。

 この後わたしたちは、『演劇クエスト』を日本国内のいくつかの都市とマカオとでつくる予定で、さらには南部アフリカ、そしてキプロスでのプロジェクトも計画している。ただ状況は依然として不安定だし、この先どうなるかなんて誰もわからない。クルクルとカメレオンみたいにわたしたちは色を変えていく。境界を溶かすために。「誰か」に会うために。

『筆談会 これより先、無言』 Photo: TAKAHASHI Kenji Photo courtesy of Tokyo Arts and Space

 

**********

*プッシュ型支援プロジェクト#TuneUpforECoC 支援アーティスト*
https://www.eu-japanfest.org/tuneupforecoc/