コラム
Columnアイルランド和太鼓音楽融合プロジェクト―『パラビート』に続く挑戦
コロナ禍で先行き不透明な2021年、アイルランド音楽の巨匠ドナル・ラニー氏と、ソロ和太鼓奏者の代表的存在である林田ひろゆき氏を迎えて、欧州文化首都ゴールウェイ2020で構想された日本とアイルランドの音楽融合プロジェクトは、当初予定されていた企画から形を変えつつも継続して活動を行ってきました。特に2021年2月には、東京パラリンピックでアイルランド代表団のホストタウンになった成田市とアイルランドを繋いでコンサートが開催されました。それぞれの国で演奏された音楽をテクノロジーの力を借りて融合させたハイブリッド形式で、日愛両国ばかりではなく、世界にむけて新曲『パラビート』を披露することができた記念すべきイベントになりました。新たなチャレンジは複雑で困難ではありましたが、一つ一つ克服することで、関わった全ての人たちは新しい創造と未来の可能性を見出し、このプロジェクトのさらなる発展を確信しました。その一方で、二人のアーティストの直接対面での演奏を実現させたいという熱い思いが膨らんだことも事実でした。
2022年は明るい希望を持って前向きにと皆が願う中、パンデミックが起きるまでは毎年4月上旬にコミュニティベースで手作りのフェスティバルを開催してきた私たち、エクスペリエンスジャパン(EJ)実行委員会も、対面でフェスティバルを開催する方向で話し合いを始めました。大きなコンサートはまだ無理かもしれないが、屋外舞台であれば、ドナル氏と林田氏の直接共演の場を作れるかもしれない。前向きな検討が重ねられ、2022年4月のエクスペリエンスジャパンフェスティバルでの両氏の再会と『パラビート』の対面演奏を目指して準備が進められていきました。
3月になってもオミクロン株の蔓延が続き、不安が残る中で、アイルランド政府のコロナに関する規制は全面解除の方向となり、3月17日、アイルランド最大の祭り、セントパトリックデーの屋外パレードが行われました。その流れで、エクスペリエンスジャパンの会場(ギネスビール創業者一族の邸、現在はアイルランドの迎賓館として使用されている)ファームリーハウスも、イベントの開催にゴーサインがでる運びとなりました。ただし、この時点で、私たちが日本からアーティストを招聘するという決断をしたことはリスクも抱えた大胆なもので、またアーティスト自身にとっても海外遠征することは勇気ある決断だったと思います。
3月下旬にはコロナの状況も好転し、加えてEU・ジャパンフェスト日本委員会のご理解と温かいご支援があり、アイルランドでの『パラビート』対面演奏の機会が現実のものになっていきました。予期せぬロシアのウクライナ侵攻もあり、コロナ感染対策に加え渡航の安全にも細心の注意を払うことになりましたが、ようやく4月1日、林田氏、若手和太鼓奏者の高橋ルーク氏のアイルランド渡航が実現しました。
エクスペリエンスジャパン前日、ついに、ファームリーハウスのボールルームで、林田、高橋両氏、E J太鼓チーム、アイリッシュミュージシャンたちとの対面が現実のものとなりました。時間はあまりありませんでしたが、その場で、ラニー氏と林田氏は本番の構成、演出を協議し、リハーサルが行われました。通常よりアーティストの数が少ない中、複雑な構成の「パラビート」を屋外ステージで仕上げていくという難題はありましたが、両国の一流アーティストのアイデアと長年の経験に裏打ちされた豊かな演奏技法、学生アイリッシュミュージシャンのエネルギーもあい混じって、見事に仕上がっていきました。日愛両国の音楽を認め合い、異なる要素を融合して心地よいひとつの音楽を作り上げていく過程は、デジタルやオンラインでは味わえないもので、本番での成功を確信しました。
フェスティバル当日は心配された雨に降られることもなく、多くの観客が見守る中、エクスペリエンスジャパンはE J太鼓チームのアンサンブル演奏で幕開け。その後、林田、高橋両氏の演奏が始まると、観客はダイナミックな和太鼓とエネルギーに完全に魅了、そして圧倒されていました。アイルランドの豊かな民族楽器の演奏がそれに続くと、すべての観客が心地よい調べに身を任せていく・・・。和太鼓とアイリッシュミュージック、そして観客が一体になって音楽を心から楽しむ空間が生まれたことは何より感動的でした。
フィナーレの林田氏作曲の曲が全員で奏でられた時のラニー氏の満面の笑顔、林田氏とアイリッシュミュージシャンたち、そしてその場にいた全ての人たちとの一体感は、今回のプロジェクトの成功を象徴しており、忘れられないものとなりました。
また、特記すべきこととして、プロジェクトの一環として林田氏の豊富な経験と知恵をお借りし、アイルランド滞在中には、ダブリンと近郊の高校7校に和太鼓体験訪問も行いました。コロナ禍で楽しみにしていた修学旅行やスポーツ、コンサートなどの体験がキャンセルになっていた中で、思いがけず、プロの和太鼓奏者のダイナミックな演奏を間近に見て目を丸くして驚くアイルランドの高校生たち。共に太鼓のリズムを奏でる経験は、この状況だからこそ若い世代に大きなインパクトを与えるとともに、とてもよい日本文化の紹介にもなりました。
本アイルランド/和太鼓音学融合プロジェクトは、アマチュア、プロ、老若男女、様々な人々が集い、新しい融合の場が生まれる創造の舞台です。今回のエクスペリエンスジャパンでの両国アーティスト再会・演奏実現で、全プロジェクト完成の途中まで到達しました。今後も本プロジェクトが日本とアイルランド両国の文化・音楽交流をさらに深化させ、活性化させるモデルとなっていくことを確信しています。最後になりましたが、関係者の皆様に感謝し、引き続きのご支援もお願い致します。