コラム
Column人が集うという意味
「Echoes of Calling」プロジェクトは、2019年8月に日本のコンテンポラリーダンスシーンを牽引する振付家の一人である北村明子と本プロジェクトの音楽ディレクター横山裕章が、北村が実施してきたリサーチをもとに企画される国際協働プロジェクトの第三弾としてアイルランドにリサーチの為に訪問したところからスタートした。国内では、翌2020年2月、キックオフイベントを実施。北村がアイルランドの生活文化リサーチから体験した、パブに集った人々が「食べ・飲み・歌い・踊る」様相を、国内のパフォーマンスにもとり入れ、鑑賞者の方々にも体験してもらえればと企画を立案。会場もあえて劇場ではなくイベントスペースを使って、アイルランドから招聘した2人のミュージシャンと日本人ダンサー、そして観客の方々も参加するシーンを作り、パフォーマーと観客がひとつになって時間を共有したのだった。それはいまだに私たちの生活に影を落とし続けている新型コロナ感染症が、横浜港に停泊した大型客船で国内でははじめて発見された直後であった。
その後、複数年プロジェクトとして企画されたプロジェクトは、渡航制限、有観客公演の中止による映像版のみの上映など数え切れないほどの逆風を受けながらも、必死で続けてきた。それが出来たのは、本プロジェクトをサポートし続けて下さった方々のおかげである。改めてここで感謝の気持ちをお伝えしたいと思う。
一方、このような想定外の制限が、アイルランド在住のダンサーの方々とリハーサルと打ち合わせをすべてオンラインで行って製作せざるを得なかったダンスの映像作品「Echoes of Calling -Encounter-」を生み出し、Galway2020のオンライン上映プログラムとして配信された事になったのも、クリエイター・キャストにとって新たな挑戦であった。そのおかげでキャストのひとりであるミンテ・ウォーデ氏が、今回のゴールウェイ公演に出演し、協働できた事も継続的なプロジェクットの成果のひとつといえるであろう。また、映像作品に出演した他のダンサーやスタッフたちも公演に来場し、オンラインの交流を経た数年後、ようやく会えたのは望外の喜びであった。
「Echoes of Calling」プロジェクトは、ユーラシアの東西の極に位置するアイルランドと日本、さらにそれを繋ぐ中央アジアも含めたアーティストの国際協働制作で、土地ごとに伝承されている生活文化に触れ、それらを継承する人々との対話から生まれるものをダンス作品にしてきた。同じメンバーが複数年かけることによって、はじめには見えなかった事が、稽古期間を含めた作品制作という時間を協働することで見えてくるものがあった。それは異なるバックボーンを持つ人と人がお互いをリスペクトし、学ぶこと、まさに長期間に及ぶ国際交流だからこそなし得るものであった。さらにそれぞれのアーティストが持つ文化的背景を活かし、また相手の文化背景を現地で直に感じたものを交わらせて発展させることも大切にしてきた。アイルランドのアーティストには、プロジェクトとして都合3回来日してもらう機会があったが、日本からは2019年の振付家の北村明子と音楽ディレクターの横山裕章がリサーチに行って以来、現地に赴く機会がなく、今回のツアーが出演者にとってはじめての機会となった。
私たちがゴールウェイを訪れたのは、クリスマスのイルミネーションの飾り付けが街頭で始まった11月後半、強い風と日に何度も短時間スコールが降る季節だった。この厳しい自然環境にあっても、現地の方々は日が落ちるとパブに集い、ライブ演奏を楽しみステップを刻む。日中の晴れ間には街のあちらこちらで演奏するミュージシャンたち。日々の生活の身近なところに、踊り、歌う、豊かな文化があることを肌で知る事ができた。私たちが新型コロナ感染症で手放さざるを得なかった、人が集うことを既に取り戻してエネルギッシュに生きる現地の方々。オンラインなどのヴァーチャルではなく、リアルな人と人の交わりの場にある空気感はとても心地よいものであった。私たち舞台人がコロナ禍で改めて気づかされた大切にしているもの。舞台に立つアーティストとそれを囲む観客の方々が、目に見えないエネルギーの交流を通じてひとつになる。それは、その時その場に集う人だけが共有できるものだと改めて実感することとなり、今回ゴールウェイでワークショップや公演、そしてアフタートークなどを通して多くの方々との対面で交流ができたことは何より得がたい時間と空間であった。ある意味片翼飛行だったこのプロジェクトを、両翼を大きく拡げ羽ばたく事を可能にしてくれたと言っても過言ではないと思う。2023年の春、東京で上演されるプロジェクト最終作品が、この得がたい経験を活かし、アイルランドから来日して参加してくれるキャストたちと共に、さらなる舞台芸術の拡がりを舞台・客席双方にもたらしてくれる事を信じている。