コラム
Column分岐する制作と近隣性の社会制作
私はコロナ禍2年目の創作研究として、個人のスタジオワークと、近隣性を活かしたアーティストコレクティヴ・ワークの二つの軸で2021年は活動を展開しました。私はこれまで、自己組織化するプロセスやパターンを、絵画やドローイングをとおして表現して来ました。2021年も、その創作研究を継続し、さらに拡張しています。
第一に個人のスタジオワークについて。5月に論考「制作哲学のためにーポイエーシス、ブリコラージュ、蛋白質」(https://www.artresearchonline.com/issue-8e)を発表し、その考え方にもとづいて制作(ポイエーシス)の哲学を実践するための作品に取り組んできました。
2020年から世界はCovid-19の猛威に触れ、それにともなってウィルスの研究にも寄与するAlphafold(タンパク質の立体構造を予測計算するAI)が躍進しました。私はこれに着目して、タンパク質の構造についてリサーチし直し、その次元構造を自身の織物絵画の制作モデルでシミュレートすることを試みました(2020. Takuro Someya Contemporary Art)。その目的はタンパク質の構造を再現することではなく、自然の制作であるタンパク質と、人間の制作とが、それぞれ持っている「高次化するプロセス」を結びつけて示すことでした。このように、制作(ポイエーシス)を時間的プロセスとして捉えるのが私の基本的なスタンスです。
ポイエーシスとは、言語・音階・リズムといった媒体、あるいは機能や用途の多重化した質料によって偶有性を孕みつつ、時間のさなかで分別される行為系列の束であり、芸術を動態として捉える制作の在り方です。ポイエーシスの時間性についてさらに踏み込んで言えば、時間のさなかにありながらも、構成要素の配置によって自ら時間に切れ目を入れる、離散的な時間の自己組織化であると私は考えています。ところで、このような一般化がある程度は正しいとすれば、実のところ芸術に限らず、ゲームのように時間と規則に自由度の制限を与えた人間の知にもポイエーシスを見出すことができるのではないでしょうか。例えば、チェスや囲碁将棋の中盤戦のように、序盤の定石形や終盤の詰み筋といった知識や正答ではなく、対戦相手の指し手に応じながら最善手や新手を発明してゆく知の領域です。現代においては機械学習ソフトによって、その知の領域に人間とコンピュータが相互陥入していることも含めて、極めて興味深いと思われます。翻って、絵画制作のなかにも、このような行為を選択しながら多様な可能性へと分岐するプロセスが内蔵されています。本年のスタジオワークではこれを取り出すような制作システムの構築と実践に取り組みました。「絵画の双子Ⅰ」と名付けた新作(2021. The POOL)では<分岐する制作>というコンセプトを表現するために、二枚の絵画を同じプロセスで描き進め、二つの異なる筆致の選択肢が浮上したある局面から、双方を別様に描き分けてゆくという形で実現しました。
第二に近隣性を活かしたアーティストコレクティヴ・ワークについて。私が参加するアーティストコレクティヴ『パルナソスの池 Pondparnasse』は、かつて池袋モンパルナスと呼ばれたエリア(千早町・椎名町・南長崎)に拠点を持つアーティスト・淺井裕介、高山夏希、松井えり菜、村山悟郎によって2020年11月に結成されました。「パルナソス」とは、パリのモンパルナスの元になっているギリシャ神話に登場する山の名前で、詩・音楽・学問の発祥の地として知られています。一方、東京の池袋は、もともと湿地帯や湧き水の多い土地であったことから、その名がつき、当時の地価の安さと交通の利便性によって、大正末期から終戦頃にかけてアトリエ村が林立し、多様な背景を持つ人々や芸術文化の溜まり場となりました。この山と池を掛け合わせることで誕生した『パルナソスの池』は、パルナッソス山の神話や池袋モンパルナスの歴史地政を参照しつつ、近隣性を活かした共同制作と地域文化の活性を企図しています。また制作スタイルも、社会制作(ソーシャルポイエーシス)と言えるような自己組織的なプロセスをとっており、映画・アニメ・漫画あるいは徒弟制の工房で一般的に取られる監督製作の手法ではなく、別のグループワークの可能性を追求しています。
2020年の「パルナソスの池」の展覧会が高く評価され、2021年は「六甲ミーツ・アート芸術散歩2021」へ招聘され、築90年を超える廃虚・摩耶観光ホテル(登録有形文化財)をモチーフに滞在制作を行い、主催者特別賞を受賞しました。また、本年12月にはアーツカウンシル東京と文化庁の助成を受けてアートプロジェクト「池袋モンパルナス2.1 -水脈を巡って」(東京、池袋)を開催しました。池袋の4つの会場 [ターナーギャラリー(南長崎)、WACCA IKEBUKURO(東池袋)、旧春日部洋アトリエ(要町)、コ本ヤhonkbooks(西池袋)]を舞台に展開した展覧会で、特に旧春日部アトリエは築80年を超えて現存する池袋モンパルナス時代の建築で、当会場で行った公開制作は当時の雰囲気を感じる貴重な機会となりました。
コロナ禍で遠方への移動が制限されているため、公共交通機関を使わない徒歩圏内の地域文化の活性が求められています。美術史や漫画表現(「トキワ荘」:手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などが居住していたアパートがあった)などの背景があるこのエリアに拠点を持つアーティスト達をさらに結びつけるため重要な活動になっています。最終的には「パルナソスの池」は地域文化の再興と、地域文化史を再考し、同時に「池袋モンパルナス」エリアの暮らしを豊かにすることを目指しています。コロナ禍において『近隣文化』の発展を促すことは、今まさに重要な活動です。
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*プッシュ型支援プロジェクト#TuneUpforECoC 支援アーティスト*
https://www.eu-japanfest.org/tuneupforecoc/
(*2022年1月にご執筆いただきました)