コラム
Column山田太郎とともに自己を疎外する
LUNA2021は、新型コロナウィルス感染症による最悪の事態が、今となっては過去のものとなったであろうことを歓ぶ、祝祭的かつ芸術的なひとときとなりました。50名を超える参加アーティストと、少なくとも同数の世界各国からの他の芸術専門家が、試練の時期を経て再会を果たすべく、レーワルデンの街に集結しました。メディアアートとライトアートを担当する私達の部門では、その期間は休止状態と呼ぶには程遠く、むしろオンラインでのミーティングを重ね、ソーシャルディスタンス、換気、リモート制作、さらに再び最悪の状況が訪れた場合に完全オンライン化への容易な切り替えなどが可能となるよう、さまざまな事態を想定し、コンセプトの発展に勤しんでいました。
LUNAは、「Leeuwarden Urban Night Adventure」を意味し、オランダ北部フリースラント州の州都であるレーワルデン市中心街の厳選されたロケーションに細心の注意のもとに設置された15点の作品を周遊する、光と音響とパフォーマンスが織り成すプロジェクトです。何万人もの観客が辿る固定ルートはありませんので、観客は、市内の地図上に場所を表示するアプリの助けを借りながら、各自好きな道を選びながら周遊します。私達がこうした設定を採用したのは、それにより、都市そのものや、それがもたらす空間的条件、美しさ、特徴などへの観客の意識をより促すことができるからです。ちょっとした探索や自分ならではの選択をすることも、この都市型芸術探検の一環です。あらかじめ決められたパターンが存在しないことにより、周辺環境への感覚が研ぎ澄まされ、都市、その建築、道路、路地、人知れず隠れた広場、さらにはあちこちに点在する都市の自然など、都市の物理的構成に対する気づきを生み出すのです。
アート、市民、そして都市自体が、ひとつの特別な体験を共創します。人々が新鮮な角度から都市を目にし、匂い、肌で感じ、耳を澄ますと、都市は自ずと違った表情を見せます。市民は自分達の街を散策し、アーティスト達が加えたインターベンションの数々に驚かされながら、新たな視点を身につけ、細部にまで目を開き、そして多数の方々が述べていたように、自宅のすぐそばに魅力溢れる小旅行へと出かけるのです。LUNAが、新型コロナ感染症対策の解除が認められて最初の比較的大規模な公共イベントだったこともあり、このような感覚が過去の開催よりもなおさら強く感じられたものと思われます。イベントの実施された3夜すべてが大雨に見舞われましたが、数万人もの人々が街をそぞろ歩き、プロジェクトを楽しみました。おそらくこの荒天が、そのお祭り気分に、すべてをともに耐え抜き再会を果たした感激の念を添えたのでしょう。友人、家族、隣人、見知らぬ人々、そしてアートなど一切のリアルな出会いから遠く離れた1年半におよぶ自宅待機措置の時期に比べれば、雨でびしょびしょに濡れることなど何でもないのです。
物理的環境との結びつきの深いインスタレーション作品を多数披露する本プログラムにおいて、日本人アーティスト、ノガミカツキ氏は、山田太郎プロジェクトで観客を巻き込み、極めて重要な役割を担いました。山田太郎とは、「ジョン・スミス」や、フリースラント地方でいうところの「ヤン・デ・フリース」と同義語で、至って平凡な名前の普通の人、どこにでもいる一般の人、あるいは私達の文化的な言い回しで「Jan met de pet(帽子をかぶったヤン)」を意味します。パーカー姿で頭をフードですっぽりと覆い隠し、顔をiPadに差し換えた8名のパフォーマー集団を従えたアーティストが、この街の中央広場であるウイルへルミナ広場に佇んでいました。その集団が、道行く人に歩み寄り、「あなたの顔を借りてもいいですか?」と問いかけます。人々が承諾すると、写真を撮られ、それが瞬く間にすべてのiPadの画面に映し出されました。ふと気が付くと、あなた自身の顔をした集団全員があなたを見つめ、各パフォーマーが個々にあなたの人格を獲得し、グループ全体もまたあなたを象徴しています。あなたを見つめるさまざまな体に乗った顔が、あまりにも馴染み深いことから、それが作用し、滑稽さ、自己疎外感、心底からの不快感、そして大きな安心感が同時に入り混じった感情を引き起こします。
このプロジェクトは、参加者を彼ら自身に投げ返し、疑念と内省を促したことにより、LUNAプログラムに加わった非常に価値のあるインタラクティブ作品となりました。そしてそれは総じて美しく、場所を移し、かつ場所の様相を変えることのできる、絶えず変化し続ける生きた彫刻といえます。
私達は、ポートフォリオウェブサイトMeet Up ECoC!で、ノガミカツキ氏を発見できたことを、大変嬉しく思っています。実世界でのフェスティバルや展覧会の場で作家をスカウトすることが不可能だった時期に、このデータベースが大いに役立ちました。そして今もなお、興味深い日本人作家についての情報を得るため、このウェブサイトを参考にしたいと思っています。とはいえ、こうしたオンラインおよびリモート作業の効率性と快適性を感じながらも、それでもやはり私達は、人同士の触れ合いや真の出会いの持つ計り知れない価値をこれまで以上に実感しています。ノガミ氏の作品は、人間のデジタル化や増殖が人々を不安に陥れ、そしてそれが私達に人間関係の真価について再考を促すことを表現することにより、こうした信念を訴えかけているのです。コロナが極端なかたちで示した、実世界と心のつながりは、何にも代えがたいものであるということを、私達はこれまでも常に感じていたのかもしれません。
Photos by Media Art Friesland/Xanne Vera