コラム
Column平和のための音楽
「いかなる戦争にも栄光など存在しない、個々の戦争が普遍的な人類の悲劇の象徴である。」
―ウィルフレッド・オーウェン
欧州文化首都ノヴィ・サド2022のプログラムアーチ「Fortress of Peace(平和の砦)」が6月17日から7月17日に実施され、30ヶ国から1,500名を超えるアーティストが集結し、150の芸術イベントを舞台に、理論や社会関与型アートを通じて平和文化を問い、探求すべく、戦争・反戦のテーマや、戦争・紛争の原因と結末を焦点とした作品を発表しました。この発想は、過去と向き合い、現在の戦争・紛争に目を向け、世界、欧州、西バルカン諸国の戦争犠牲者に敬意を表する契機をもたらしました。その主な問いとは、本プログラムアーチ全体に貫流するコンセプト、「破壊をいかに恒久的な平和の礎としての創造に変えるか?」でした。
「Fortress of Peace」の音楽プログラムは、NEO音楽フェスティバルの一環で実現し、セルビア国内外の多彩な演奏家による10本のコンサートが開かれ、反戦テーマ、平和、連帯に捧げた現代の音楽的創造性が発揮されました。こうして本フェスティバルは、音楽の力を借りて、平和、連帯、寛容、対話という力強いメッセージを発信しました。コンサートで観客が聴いた音楽は、社会的・歴史的文脈に潜む深い真実に対する強い感情を伝える生きた記念碑と特徴づけられます。それはカタルシスを通じて全ての戦争・紛争の無意味さを高尚化し、教育し、昇華させ、浄化し、鎮静化し、力説する記念碑なのです。フェスティバルには、約500名の国内外の演奏家、アーティスト、作曲家が集い、今後の継続的な協働に向けた絆の構築を視野に、共同作業や経験の交流を行いました。
今回の開催で最も顕著なプロジェクトが、青少年交響楽団「For New Bridges」というノヴィ・サド、ザグレブ、マリボル、グラーツ、サラエヴォ、トリエステ、ブダペストの学生で成る楽団です。閉会式に出席した彼らは、ソリストのヤスミンカ・スタンチュール氏との共演によるベートーヴェンの『ピアノ協奏曲第1番』とドヴォルザークの交響曲『新世界より』と、このコンサートのために特別に委嘱されたジョルジェ・マルコヴィッチ氏作『Overture for Peace(平和のための序曲)』の初演を披露しました。続いて、武器や軍事廃棄物から楽器を創作するノヴィ・サド出身の彫刻家ニコラ・マツラ氏が、自らの楽団を率いて音楽パフォーマンス『From Noise to Sound(ノイズからサウンドへ)』を上演しました。オーストリアの弦楽四重奏団アチエスが、コヴィリ修道院の聖歌隊とともに、アレクサンドラ・ヴレバロフ氏作曲の世界第一次大戦の犠牲者に捧げたマルチメディア作品『ビヨンド・ゼロ1914–1918』を演奏しました。
映像コンテンツの制作は、ビル・モリソン氏が務めました。また極めて注目すべきことに、フランス人作曲家オリヴィエ・メシアン氏の『世の終わりのための四重奏曲』が、マティカ・スルプスカのギャラリーで演奏されました。これは同氏が戦争捕虜となった1940年に、収容所で作曲されたものです。ユリア・ハルティヒ氏(バイオリン)、マルコ・ミレティッチ氏(チェロ)、アレクサンダル・タシッチ氏(クラリネット)、犬飼新之助氏(ピアノ)による演奏を、ギャラリーの親密な芸術的空間で聴きながら、第二次世界大戦下の悲しみや恐怖や不安のみならず、生きる希望と栄光が感じられました。
開演前には、イラ・プロダノフ教授が本作を詳細にご紹介し、鑑賞の際の要点に観客の関心を促しました。一方、宇野由樹子氏(バイオリン)、三井静氏(チェロ)、パヴレ・クリスティッチ氏(ピアノ)で成るNEOアンサンブルが、ベートーヴェン作曲『ピアノ三重奏曲第7番作品97』と、第二次世界大戦犠牲者に捧げたショスタ・コーヴィチ作曲『ピアノ三重奏曲第2番作品67』を演奏しました。これらの若手音楽家は、真摯な取り組みと説得力ある演奏スタイルと正確な音調表現でプログラムを奏で上げました。同じく戦争とファシズムの犠牲者に捧ぐショスタ・コーヴィチの室内交響曲が、著名なセント・ジョージ・ストリングスにより開会式で演奏されました。戦争犠牲者を悼み、平和を求めるこれらのコンサートは、大勢の観客を絶大な感動に包みました。会場では、静寂と聴衆が音色に集中する様子が感じられ、最近の出来事の記憶と、第一次、第二次世界大戦の苦難に直面した先祖の記憶までもが甦りました。
フェスティバルは、6月26日開催の「ベートーヴェン・マラソン」という独自の音楽イベントで佳境を迎え、指揮者ガブリエル・フェルツ氏による芸術監督のもと、ベオグラード・フィルハーモニー管弦楽団とドルトムント・フィルハーモニー管弦楽団とスロヴァキア国立歌劇場合唱団がコラボレーションし、2つのオーケストラが1日でベートーヴェンの8つの交響曲を奏でた後、ペトロヴァラディン要塞の舞台で205名の音楽家が大きなアンサンブルとなり、最も重要な交響曲第9番を披露しました。偉大なるドイツ人詩人シラーの『歓喜の歌』は、連帯と寛容のメッセージを発信する最高の方法となりました。本イベントは、ベートーヴェンの全交響曲が体験できる特別な機会となりました。
日本人アーティストが、見事な音楽家で、プロ意識が高く、謙虚かつ大らかなおかげで、私達は大変良い経験に恵まれており、喜んで協力関係を継続し、お薦め頂いた新しい音楽家を招聘して参ります。来年6月後半に次回の開催を計画中で、世界最大のコンクール優勝者の日本人音楽家2名と連絡を取り合っています。
これらの推薦をもとに、2つの室内楽コンサートでセルビア人音楽家と共演する音楽家を、少なくとも3名選ぶ予定です。プログラムには、日本人とセルビア人作曲家が含まれます。
また創立35周年記念を祝う室内管弦楽団カメラータ・ノヴィ・サドと共演するソリストに、もう1名の音楽家の選出を考えています。カメラータ・ノヴィ・サドは、地域最高の室内管弦楽団のひとつです。各コンサートにテーマを設け、ノヴィ・サドの異なる会場で開催します。
第6回NEO音楽フェスティバルは、催し全体と成果、質において、過去の開催と比べ目覚ましい進化を見せました。戦時中に芽生えた創造性に主眼を置く反戦のテーマと、地域社会や平和への熟考を促す作品が大勢の観客を魅了し、関心を深めました。観客は多大な注目を寄せコンサートを鑑賞し、出演者に拍手喝采で応えました。一方、多数の国内外の演奏家が、協働し、専門的経験を交換し、将来の新たな協働を構想する好機を得ました。本フェスティバルで開催された10本のコンサートは、平和を願う壮大な集合的祈りと解釈できます。それは音楽の力を得て、苦い出来事への示唆と、これが終息し繰り返されないことへの願いとして経験、追体験されたのです。